表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

1-3

「萩嶺君はゲームの途中?」


「そうですね。まあ、まだ電源入れただけですけど」


「そっかー、そう言えばこのオタク研究会は『ゲーム・アニメなどの娯楽を通じて、もっと色々な人と繋がりを持ち、様々な人間関係を間近に見て研究し、その沢山の経験を以て、将来自分が旅立つ社会に難なく適応するためにこの部活を立ち上げたい』っていう理念のもとに作られたんだったよねー」


「よくそんなにすらすらと全文が出てきますね……」


 逆にその読み上げ具合に飽きれてしまうほどである。ていうか、僕ですら適当に書き上げたこともあって曖昧にしか憶えていないのに。


「それはまあ生徒会長だからねー」


「理由になっているようでなっていないですね」


「まーまー。それで、その理念からすれば、萩嶺君が今ここでゲームをしているという行為は正しいというわけだねー。でも、交流を深めるための部員が他にいないみたいだけど」


「そ、それはあれですよ、今から募集して増やすんですよ」


 嘘だ。これは吹ノ戸先輩に対して言った苦し紛れの言葉に過ぎない。ていうか、この生徒会長は暇潰しとか言ってこの部活の監査にでも来ているのではないのだろうか。この人の笑顔の裏にある感情が読み取れない以上、吹ノ戸先輩は侮れない人だ。油断をしていたらすぐに足元を掬われてしまう。


「まー、まだ1年くらいあるしねー。それまでに3人以上の部員を集められなかったら強制的に廃部だからね?」


「わ、分かってますよ。部員集め、頑張らないといけませんねー」


 苦笑を浮かべつつそう言葉を返す。これも勿論上辺だけの言葉だが。個人的に、このオタク研究会に新たな部員を増やそうとは思っていない。ここは僕がこの珠玖泉高校でオタク趣味に没頭するために作った居場所だし、それに、そもそも適当な理由で申請してなんだかんだで通ってしまった部活である。1年で無くなってしまおうと特に未練なんてないのだ。


「そうだねー、頑張らないといけないよねー。折角あの理念で申請が通ったんだから、萩嶺君達のためにも頑張って存続しないとだよねー」


「そ、そうですね……ん?」


 今の吹ノ戸先輩の言い回しにどこか違和感を覚えたのは気のせいだろうか。先輩の言い方から察するにあの理念は上辺だけの取り繕っただけのものだと気付かれている可能性が高い――しかし現実は、こうして申請は受諾され、オタク研究会は部活として成り立っている。何だろう、この部活の申請が通ったことには何か理由とか他の要因が存在するのだろうか。それに、今先輩は――。


「そう言えば」


 僕の思考が回転し切る前に吹ノ戸先輩がその口を開く。半強制的に止められた考えを頭の隅に置いて、一先ず先輩の話を聞くことにした。


「聞いたよー、萩嶺君。璃乃ちゃんを助けるために体を張ったみたいだねー」


「ああ、この前のことですか? まあ、僕は本当に体を張っただけでしたけどね。身を挺して宝船の盾になっただけです。体を張って宝船を――それから、僕を助けてくれたのは彩楓です」


「彩楓……あー、萩嶺君の幼馴染だっけー。空手部に入ってたよねー、確か。今年のインターハイにも出るくらいの実力があれば、萩嶺君と璃乃ちゃんの2人を助けるくらい楽勝って感じなのかな」


「僕は気を失っていたので知りませんけど、あまり彩楓は怪我を負っていなかったし楽勝だったんじゃないんですか? ていうか、先輩彩楓のこと色々と知ってますね」


「まあ、生徒会長だからねー」


「またその返しですか……まあ、いいですけど。そう言えば、この前の一件で先輩に聞きたいことがあるんですよ」


 携帯ゲーム機をテーブルの上に置いた僕は真っ直ぐに吹ノ戸先輩を見て言う。


「あの日……あの廃工場に警察や救急車を呼んだのって、先輩ですよね?」


「うん、そうだよー」


「…………」


 あっさりと認められてしまった。


「……えっと、先輩。どうして先輩があの場所に僕達がいることを知っていたんですか?」


「生徒会長の勘だよ!」


「真面目に答えてください」


 ドヤ顔で適当なことを言い放つ生徒会長を一蹴する僕。


「萩嶺君はノリが悪いなあ……萩嶺君には悪いんだけど、あの時萩嶺君の鞄の中をちょっと探らせてもらったんだよ。それで、中から変な手紙みたいなものを見つけて、そこに廃工場って書いてあったから、近くの廃工場って言ったら、そこかなって」


 不満そうに頬を膨らませながら言う吹ノ戸先輩。確かに、あの時僕は鞄に饗庭和泉からのメッセージを入れていたし、彩楓からも吹ノ戸先輩が僕の鞄から手紙のようなものを出していたということは聞いている。鞄を急に漁ったこと以外は普通なら誰でも取るような行動ではあるか。


「なるほど……そういうことだったんですね、納得しました」


「納得してもらえたようで良かったよー。どうして疑われていたのか知らないけど」


「それは先輩が謎の行動や言動を見せるからでしょう」


「生徒会長というのは謎多き職業なんだよ……」


「学校の生徒のトップが謎多き人物なのは駄目でしょう」


 誰も付いていかないよ。付き従わないよ。


 遠い目をしている我が校の生徒会長に向かって僕が呆れ顔を向けていた時だった。不意に部室の扉が開け放たれ、1人の女子生徒が姿を現したのである。


「直斗君いる――って生徒会長!?」


 その特徴的な黒髪のツインテールを揺らしながら、声を上げつつ体をのけ反らせて驚愕するその女子生徒。その彼女の姿に僕は見覚えがあった。


「お前は確か……谷口」


丹羽口にわぐちよ! どうして毎回お約束の如く私の名前を間違えるわけ!?」


「それはお約束だからだ」


「既にお約束だった!? てか、そんなどうでもいいお約束はいいから、いい加減最初から私の正しい名前を言いなさいよね! 全く!」


「すまないな、努力するよ。ところで永口」


「って既に間違えてるじゃないの!」


 こちらがボケる度に全力でツッコミを入れてきてくれる丹羽口なのであった。彼女のような、グイグイと畳みかけるように話しかけてくるような勢いのある人間はあまり得意ではないのだが、丹羽口のこういうところは好ましい。何と言うか、会話をしていて楽しい。


「私の名前は丹羽口よ、丹羽口茉利奈まりな。全く……直斗君はもう。ほら、ボーっとしてないで、少しでも憶えるために復唱しなさい。リピート・アフター・ミー」


「『ほら、ボーっとしてないで、少しでも憶えるために復唱しなさい』」


「そこじゃないわよ」


「先生、これでいいですか」


「よくないわよ!」


 僕を指差して丹羽口がツッコミを入れたところで吹ノ戸先輩が小さく笑った。


「萩嶺君と茉利奈ちゃん、本当に仲がいいんだね~」


「何を言っているんですか会長」


 一度吹ノ戸先輩の方を向いてそう言った丹羽口は僕を横目で見据えて更に続ける。


「この男は人の名前も憶えない最低な奴ですよ。仲がいいなんて有り得ません。ゴミです、ゴミ男です」


「誰がゴミ男だ。僕の名前は萩嶺直斗だ。いいか? 人の名前を正しく言えないのは中々失礼なことなんだぞ?」


「あんたにだけは言われたくないんだけど!?」


 全く以てそのツッコミは正論であった。


「まあまあ、悪かったよ、丹羽口。それで、ここには何をしに来たんだ?」


「え? あー、えっと、ここにはね……」


 僕の問いに視線を泳がす丹羽口。彼女は確か生徒会のメンバーだったはずである。ならば、この部室棟の最上階に位置する生徒会室から部室棟の最下層の最奥にあるこの部室という辺境の地まで足を運ぶということは何か用があってのことなのだろう。よもや、目の前にいるどこかの生徒会長の如く暇潰しというわけではあるまい。そう思う視線の先で丹羽口の視線が吹ノ戸先輩の方を向く――その瞬間、彼女の表情が何かを思い出したように――いや、思い付いたようにハッとした。


「だからここには……そ、そうよ! 生徒会長を連れ戻しに来たのよ!」


「え? 私?」


 丹羽口に指を差され、加えて自らを指差しながら小首を傾げるその生徒会長こと吹ノ戸先輩。


「さあ、会長。生徒会室に戻りますよ」


「え~戻るの~? 生徒会室にいてもやることなくて暇なのにー」


「確かにこの学校は特に問題も起こらずに暇ですけど、会長に用がある人が生徒会室を訪ねてきたらどうするんですか」


「そこはほら、私って分身の術が使えるから――」


「会長」


「ごめんなさい」


 丹羽口に眼前まで迫られた吹ノ戸先輩は即座に謝罪の言葉を発する。これでは、どちらが年も役職も上なのか分からない。丹羽口の脅迫――いや、説得もあって、若干不機嫌そうに唇を尖らせながらもこの部室を後にする吹ノ戸先輩。そんな彼女の後姿を見送りながら丹羽口は溜息をついた。


「全くもう、会長は。まあ、あんなゆるーい感じだけど、何でも出来る人だし、生徒達からの支持も得てるから生徒会長なのよねー」


「そうだったのか。でも、あの人が何か凄い人なのは見てて分かるよ」


「そうそう、何かオーラっていうか雰囲気っていうか」


「……ところで丹羽口」


 腕を組みつつ僕の言葉に頷く丹羽口に向かって問いかける。


「お前は生徒会室に帰らないのか?」


「え? あ、ああ、うん、帰るわよ。元々は生徒会長を連れ戻しに来ただけだったから、用事は済んだしね、うん」


 思い出したようにどこか慌てながらそう言った丹羽口は開けっ放しの部室の入り口へと小走りで向かう。急な来客だったが、これで全員帰るし少しゲームをやってから課題に取り掛かるとしよう。そう思いつつテーブルの上のゲーム機に手を伸ばした時だった。徐に部室の入り口で丹羽口が立ち止まったのである。


「……ねえ、直斗君」


「ん? 何だ?」


 そう言葉を返す。丹羽口はこちらを振り向かない。僕に背を向けたまま彼女は続ける。


「この前の……宝船さんと一緒に巻き込まれた事件、大変だったわね」


「あー、そのことか。別に何ともないよ。割とボコボコにはされたけど、怪我もほとんど治ったし、頭の包帯も取れたしな」


「……そっか、それは良かったわ。生徒会長を連れ戻しにこんなところまで来たんだから、ついでに直斗君のことを心配して上げただけなんだからね。他意はないわ」


「ツンデレかよ」


「誰がツンデレよ」


「まあ、何だ。ツンデレでも何でもいいけど、心配してくれてありがとな、丹羽口」


「知り合いが事件に巻き込まれたんだもの、心配は当然よ。……それじゃあ、用も済んだし、私生徒会室に戻るから」


「じゃあね」と丹羽口はそのまま入り口を出て部室を後にした。


 結局、彼女はこちらを最後まで振り向くことはなく、その言葉の真意は分からなかったが、ひょっとしたら丹羽口は僕の具合を見るために生徒会室から態々この部室へと足を運んだのかも知れない。


「……って、そんなわけないか」


 脳裏に浮かんだその有り得ない可能性を振り払って僕はゲーム機を改めて手に取るとその電源を入れた。



 ◆ ◆ ◆



 最終下校時刻後、毎度の如く部室にやってきた宝船と僕、それから彩楓は3人共に帰路に就いていた。そして、宝船が僕の家でアニメが観たい――無論彩楓には内緒である――とのことだったので、3人で課題をやろうと僕の家に一度集まることになったのだが――僕の自宅前の通路に差し掛かった際、躑躅森宅の前に仁王立ちしていた彩楓の母親に僕達は遭遇した。


「……おかえりなさい、彩楓」


「た、ただいま……お母さん」


 引き攣った笑みを浮かべながら後ずさりを見せる彩楓。対する彩楓の母親は満面の笑みを浮かべた状態のままその場から動かない。


「ねえねえ、萩嶺君」


 互いに対峙したまま動かない彩楓とその母親の動向を伺っていると宝船が小声で僕に耳打ちをしてきた。


「あの人は?」


「そうか、お前は初対面だったな。あの人は彩楓の母親で、躑躅森かえでさんだ」


「なるほど、躑躅森さんのお母様だったのね。よく見てみれば、どことなく似ている気がするわ」


「だろ?」


「ええ。それで、一体全体この雰囲気は何なのかしら? まるで今から戦でも起こりそうなくらいに空気が重たいのだけれど」


「ああ、それは――」


「直斗君」


「は、はい!」


 不意に声を掛けられた僕は体をビクつかせ、背筋をピンと伸ばして彩楓越しに楓さんの方を向く。


「な、何でしょうか、楓さん」


「いえ、特に用はないんだけど、とりあえず挨拶をと思ってね。こんばんは、直斗君」


「こ、こんばんは、楓さん」


「それでえっと……直斗君の隣にいる方はどなたかしら。多分初対面よね?」


 怪訝な表情で宝船の方へと視線を向ける楓さん。すると、僕が口を開く前に、宝船が先に一歩前に出て楓さんに向かって一礼をした。


「申し遅れました。私、萩嶺君と躑躅森さんの同級生の宝船璃乃と言います」


「あら、そうだったの。宝船璃乃さん、ね。こんなに礼儀の正しいお友達が彩楓にいてとても嬉しいわ。これからも、うちの娘と仲良くして上げてくださいね」


「ありがとうございます……えっと」


「楓、でいいわよ。その代わり、私も璃乃ちゃんって呼ばせてもらうから」


「分かりました……えっと、楓さん」


「うん。璃乃ちゃん、これからもよろしくね。――さて」


 宝船との挨拶を終えた楓さんは再びその視線を彩楓の方へと向けた。


「彩楓……私がここに立っていた理由は、言わなくても分かるわよね?」


「……み、源義経の真似?」


「橋の上で仁王立ちをしていたのは弁慶の方よ、彩楓」


「な、何だろう。分からないなー」


 楓さんから視線を逸らしながら彩楓は言う。こいつ、絶対に理由を分かっている。こういう時期になると毎度同じことが起こっているのにどうしてこいつは態々話を逸らして延命措置を図ろうとするのか。


「まあ、そう言うと思っていたわ。なら、いつもの如く私から言うわね、彩楓」


 そう言って、楓さんは組んでいた腕を解くとゆっくりと開いた右の掌を彩楓に向けた。


「彩楓、返却されたテストの答案用紙を見せなさい」


「きょ、今日はテスト返却されてないよ? や、やだなあお母さんは。ね、ねえ? 直斗?」


 僕に振るのかよ。


「そ、そうだな、えっと――」


「直斗君?」


「はい! 今日はほとんどの教科のテストの結果が返却されました!」


「宜しい」


「直斗の裏切り者ぉ!」


 楓さんからの圧力に見事に屈する僕であった。


「悪いな彩楓……僕はまだ死ぬわけにはいかないんだ……」


「代わりにあたしが死んじゃうよ!?」


「済まない彩楓。自業自得だ」


「そう言われちゃうと返す言葉もないよ!?」


 そして、ほぼ茶番に終わった延命措置の末に結局テストの結果を楓さんに渡す彩楓。答案用紙の束を受け取った楓さんは1枚ずつその結果を目にしていく。


 すると、楓さんが答案用紙を3枚目まで見終った時のことだった。楓さんの体から何やらどす黒いオーラのようなものが溢れ出した――ように見えたのである。そのオーラは空気を震わせ、空間に歪みを生み、腰の辺りまで伸びた彼女の長髪をまるでメデューサの髪の如く蛇のようにうねうねとくねらせた――ように見えたのである。それから、テストの答案用紙を全て見終った楓さんの表情には依然として満面の笑みが浮かんでいたが、その背後には巨大な鬼の面が浮かび上がっていた――ように見えたのである。


 あくまでこれは楓さんの現在の心情を予想したことによる僕のイメージ映像だが――そんな今にも何かに変身してしまいそうな楓さんは見終った答案用紙を持つ手を下ろすとその笑みのまま彩楓に向かってこう言った。


「……彩楓」


「……はい」


「覚悟しなさい」


「ひぇっ! ご勘弁をー!」


 逃げようとした彩楓だったがその時には既に楓さんからまるで猫の如く制服の首根っこを掴まれていた。


「直斗君、ごめんね」


 ジタバタと暴れている彩楓を捕まえたまま楓さんは言った。


「申し訳ないけど、今日は直斗君1人で夕飯食べてもらえる?」


「は、はい、全然大丈夫です」


「そう、それは良かったわ。それじゃあ、直斗君に璃乃ちゃん、またね」


 相変わらず満面の笑みのまま僕と宝船にそう挨拶をした楓さんは彩楓の首根っこを引っ張りながら歩き出す。そして、そのまま2人は躑躅森宅の中へと姿を消した。


「……何と言うか」


 僕の隣で躑躅森宅を呆然と見上げたまま宝船が言った。


「躑躅森さんのお母様……楓さんってああいう人なのね」


「いや、普段は優しいんだけどな? この時期――っていうか、テストの時期になると毎回鬼のようになる」


「鬼のようっていうか魔王のように見えたのだけれど私には」


「まあ、さっきも言ったけど彩楓の自業自得なんだけどな。ところで、これからどうする?」


「折角ここまで来たのだから、少し萩嶺君の家にお邪魔させてもらおうかしら」


「どうせアニメ観るだけだろ?」


「ええ、そもそも私はやり直す箇所少ないし、萩嶺君が課題をしている隣でアニメを観ているわ」


「おう」


「ほぼ満点だった私はその高みから萩嶺君がやり直しの課題をしている様を見下ろしながらアニメを拝見させてもらうわ」


「何故棘のある言い方に言い直した」


 その後、僕は宝船を自宅のリビングに招き入れた。テーブルを挟んでお互いに僕達は座る。宝船がアニメの録画を観始めた隣で僕は課題をしていたが、一度観た内容のものだったことと、課題はほぼ写すだけだったので特に邪魔にはならなかった。


 どれくらい時間が経っただろうか、何とか課題を終えた僕は座った状態で軽く背伸びをする。すると、正面で宝船もまた座ったまま背伸びをするのが見えた。ほぼお互いに同じポーズのまま数秒固まって、お互いを数秒見つめた僕達はどことなく恥ずかしくなり、赤面しながら上げた腕を静かに下ろす。


「……萩嶺君、私の真似をするの止めてもらえないかしら」


「そ、そっちこそ、僕の真似をするなよ」


「萩嶺君の真似なんかするわけないじゃない。あなたの真似をするくらいならゴリラの真似でもしているわ」


「…………」


 それはそれで見てみたいものだが……。


「それで? 萩嶺君は課題終わったの?」


「あ、ああ。お前もアニメ観終ったのか?」


「まあね。相変わらずの面白さで安心したわ」


「そうか、それは良かっ――」


 ぐー。


「ん?」


 不意になったその音に僕は思わず口を噤む。今の可愛らしい音は何だろう。腹が鳴った音だろうか。現在、テレビ画面には録画リストが映っていて何も番組は流れていないし、今の音は僕の腹の音ではない。ということは――と、そこまで考えたところで正面に座っていた宝船がいつの間にかテーブルに顔面を突っ伏しているのが見えた。


「……今のは違うの」


「いや、僕はまだ何も言っていないけど」


 テーブルに突っ伏したまま消え入りそうなほどの小さな声で呟いた宝船に僕はそう言葉を返す。


「今の音は……あれよ」


「あれ?」


「私が周囲の空気を震わせて出した音よ」


「お前は何者なんだよ。急な異能力者発言止めろ」


 言って、僕はその場に立ち上がる。


「全く、腹が減ったって素直に言えばいいものを。何か食べるか? って言っても、インスタント系しかないけど」


「い、いえ、いいわ。マ――お母さんが家で夕飯を作ってくれるだろうし」


「まお母さん?」


 何だろう、宝船の母親の名前は『まお』なのだろうか。まあ、母親の名前の後ろに『母さん』と付けて呼ぶのも特に珍しくはないだろう。それが母親の名前なのか否かを尋ねようとして、突然鳴った着信音に僕は一度開けた口を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ