凶報
ライトは、多忙を窮めていた。
親から引き継いだ、このハンターのトップとしての大きな責任を担う。
去年までは、上層部で父の補佐をしていた、父の後を継ぐ等は、当分先なのだろうと思っていたが、あっさりと父は引退し、息子に託した。
時折顔を見せるが、どこか放浪しているらしく、うんともすんともその事には一切口を一文字に結び開かない。
まだライトは現時点で27歳。
父に教わる事がまだ多かった、と痛感する毎日に溜め息が漏れる。
米神を押さえ、自分の肩にのし掛かる重圧を少しでも和らげようと、硝子窓から外の景色を見て、物思いに耽る。
だがそんな静寂は一瞬で破られた。
部下の一人が慌ただしく、ライトのいる、オフィスの扉を乱暴にノックを繰り返す。
突然の不愉快なノイズにライトは眉をしかめ、不機嫌に返事をした。
「大変です!!ライトさん!!」
この男は、S級の・・名前はトカルスだったな。
実直で冷製沈着な男だったが、取り乱すとは何が起きたのか・・?
「どうかしたか?」
ライトは自分から扉を開けると、トカルスの顔は顔面蒼白になっていて、酷く混乱しているようだった。
「何があった!?」
トカルスの肩を、がっしりと掴むと体が震えているのが分かった。
幾分、ライトの姿を見て平静に戻ったトカルスは、この絶望的な報せを口にする。
「ハリスが・・収容所から・・姿を消しました・・。私が・・先程気付きました・・」
とても目が合わせられず、トカルスは俯き、言った後も事の重大さに責任を感じていた。
ライトは衝撃の事実に、硬直した。
「もっ・・申し訳ありませんっっ!!私の管理能力不足です!!」
トカルスは声の限りを挙げ、深々と頭を下げた。
何て事だ・・。
ライトは、トカルスへの言葉は出さず
自分のデスクに座り、頭を抱えた・・。
ハリスは父が捕まえた・・。
あっさりと自首して来たと言っていたが気まぐれだったのか・・はたまた目的があったのか・・考えが過るが、憤りしか残らなかった。
「ライト・・さん・・」
トカルスは、弱々しい声を絞り出し、眉が下がり、すがる様に、ライトに近付いてくる。
ライトはトカルスを睨む。
「早急に探しだせ!!そんな情けない顔をしている暇は無い!!絶対に見付けて収容所に戻すんだ!良いな!!」
ライトはトカルスを叱咤した。
この話している一分一秒も勿体無い!
トカルスは風のようにオフィスを出てハリスを探しに行く。
この事を機にS級から上のハンターは一人残らずハリスの捜索に時間を費やす。
当然、この不自然な状況に、下の者達も何があったかどこから漏れたか分からないが、危険人物が世に送り出されてしまった事実を知りハンター本部内は騒然とし出す。
S級より下の階級の者達は、待機命令しか下らなく、突然の休暇となっていた。
暇を持て余したハンター達は、ダイニングに集まり、いつまでもだらだらと噂話を広げて、訓練にも身が入らず上司がいない状況に気が緩んでいた。
そんな中でリニアが血相を変えてダイニングに飛び込んできた。
「どうしたの?リニアちゃん・・」
トキが雑談を止め、リニアの慌てぶりに驚く。
「こんな時にレ・・レンがいないんだけど!」
「ええ!?」
トキは腰掛けていた椅子を倒し立ち上がる。穏やかだった、ダイニングに波紋が広がる。
「あ、あいつも、探しに行ったのか?」
「で、でも・・いくらなんでも一人で行動するなんて危険だろ・・?」
「もう!!何してるのよ!レン・・!」
のんびり屋で食いしん坊のハンター、ボーアは食事を平らげていたが、ふと思いだし口を食べる事以外に使う。
「あいつなら~、城に呼ばれたみたいだぞ~?」
間延びする、スローペースの口調がテンポを狂わす。
「「「え?」」」
その頃レンは皆の心配なぞ露知らず、城の用事を済ませのんびり道中を楽しんでいた。
城から何やら高級そうな土産を貰い、包み袋と共に本部に戻ろうとしていた。
レンは足を止め、前方に待っていたかの様に佇む不思議な雰囲気の青年に出会う。
視線の圧力をまるで感じない・・覇気の無い変わった青年、がレンの第一印象だった。
青年は発言する事無く、レンの目を一直線に見ていた。
目、というよりその奥の何かを見透かすような・・不思議な見方をする。
「俺の目に何か付いてるか?」
青年の不可思議な行動に動揺一つせずされるがまま。
目を少し開き、凝視する。
「・・・・」
二人は大草原に腰掛け風にそよがれる。
レンは城からの土産を少し分けてやる。
珍しいお菓子で、あまりにも上手いので皆にも分けるのに持ってきた。
プニプニとした柔らかい食感で、口に含むと中から甘いクリームがトロリと溢れだす。
もにもにと咀嚼すると、滑らかな舌触りに爽やかな風味が鼻孔を刺激した。
飲み込むと、青年はボーッと口をあけたまま固まる。
「上手いだろ?」
コクりと頷くともう一個あげ、それももにもにもにもにとずっと噛み口の中で味を楽しむ。
うっすらだが、目に輝きが表れた。
「お前・・ろくな物食べて無いのか?痩せてるし・・」
「僕は・・毎日パン一個とスープを二回食べていた」
「・・それじゃあ痩せてくな・・」
本部に不用意に人も入れられないし、困ったな・・と頬をポリポリと掻く。
青年はレンが立ち上がったのを見て、服を掴み離れようとはしなかった・・。
どうやら異能者の中の、危険ランク至上一の男になつかれてしまったようだ。
だがレンは知らない。
この男がどれ程の危険要素を持っているかに・・。