ラウンド6(南斗晶)
(南斗晶)
「うちの息子に何するか!貴様ぁぁぁッ!!」
鋭い声が辺りに響きました。
驚いて上を見ると、空から空手着を身につけた一人のおじさんが、飛び蹴りの構えをして、私のお父さん、アトミック南斗に向かって落下してきました。
「うおっ!?」
お父さんは腕をクロスしてガードの構えをとりました。
飛び蹴りが、当たりました。
どごっ。
鈍い音がして、お父さんの巨体が後ろに吹き飛びました。
「嘘っ!」
私は口を覆って目を丸くしました。
お父さんが、蹴り飛ばされたのです。
熊に殴られても、ぴくりとも動かなかったお父さんが、一トントラックにひかれても、平然と立っていたお父さんが、たった一発の飛び蹴りで吹き飛んだのです。
地面に倒れたお父さんも、呆然としています。
この空手着のおじさんは、一体何者なのでしょうか?
「チェストーーッ!!」
おじさんが倒れたお父さんの顔に向かって、拳を叩きこもうとしました。
その時です。
「やめろ!親父!」
健介君が、駆け寄って叫びました。
おじさんは拳を寸前で止めました。そして振りむいて聞きます。
「健介、怪我はないか?」
「ああ、大丈夫。それよりも、親父、なんでここに?」
私は、おずおずと二人の会話に割りこみました。
「あの、健介君、このひと、健介君のお父さんなの?」
「ああ、紹介しておこうか。代々木倍達。代々木空手道場の師範で、おれの父親なんだ」
「そ、そうなんだ」
私は、倍達さんの顔を見ました。
五十代くらいの、口髭をたくわえた、ダンディなおじさまです。言われてみると、目元が健介君に似ている気がします。
「君が、南斗晶さんかい?」
倍達さんが、聞きました。
「あ、は、はい!」
あれ?なんで私の名前を知ってるのでしょうか?
私の疑問を察したのか、倍達さんは答えてくれました。
「道場生の角田ちゃんに聞いたんだよ。今日、健介が同級生の女子と山へ行くってね。なんでも健介が素晴らしいと認めた女性だそうじゃないか。どんな娘か興味を持ってね。こっそり二人のあとをつけてきたんだ。」
私は顔を赤くしました。
これは、つまりあれです。息子の恋人はどんな女性かの確認というやつなわけです。
ヤダヤダヤダ!私、健介君のお父さんの前で、健介君を誘惑しちゃったんだ!どうしよう?はしたない女だって思われちゃったかな?
それにしても、健介君……、私のこと素晴らしいって言ってくれたんだ……。ぬふ、ぬふふふふ。
私は両手で頬を抑え、腰をクネクネさせました。
「南斗晶さん」
倍達さんが、真剣な目で話しかけてきました。
「は、はい!」
私は背筋を伸ばしました。
これはつまりあれです。次に息子をよろしく的な言葉がくるはずです。ぬふふふふ。ぬふふふふ。
わたしは真面目な表情をしながら、心の中ではデレデレしていました。
ところが、倍達さんは、重い口調でこう言いました。
「悪いが、今後一切、健介には近付かないでほしい」
「はい!喜んで!…………って、ええええええっ!?」
予想外の言葉に、私は大声をあげました。
「親父!いきなり何を言い出すんだ!?」
健介君が怒鳴ります。
倍達さんは、厳しい表情をして言いました。
「健介、まったくおまえは何を考えているんだ?代々木流空手に昔から伝わる修行の聖地であるこの場所に、こんなくだらない女を連れてくるとは」
「……ちょっと待てよ。いくら親父でも、言っていいことと悪いことがあるぞ」
健介君は、拳を握って倍達さんに詰め寄りました。
「待って、健介君」
私は二人の間に入りました。そして倍達さんを見上げて、聞きました。
「あの、おじさん……。私の何がいけないのでしょうか?気にいらないところがあったなら、教えてください。直すよう、努力します」
「無理だな」
倍達さんは、断言しました。
「そんな……、やってみないと、わからないじゃないですか!…………もし、わたしがさっき健介君にえっちなことしようとしたことを怒ってるなら…………その…………これからはできるだけ我慢しますから…………」
恥ずかしくて、声が尻すぼみになってしまいました。
「何をよくわからないことを……?俺が君を健介に近付けたくない理由は、たったひとつだ。そして君はおそらく、それにプライドを持っている。だから直すことなどはできまい」
「だから何なんですかそれは?はっきりと言ってください」
私は、倍達さんをにらみました。
倍達さんは、ため息をついて言いました。
「理由は単純だ。君がプロレスラーだからだよ」