ラウンド4(南斗晶)
(南斗晶)
いよいよ日曜日になりました。
私は健介君と、駅前で待ち合わせました。
やってきた健介君は、黒いタキシードを身につけていました。かっこいいです。素敵です。輝いています。背後に、昔の少女漫画のようなたくさんの花が見えそうでした。
私と健介君は、並んで山へ向かいました。
のどかな山道を、二人で楽しくお話しながら、歩いてゆきます。
おだやかな風が吹いています。時々、かわいらしい鳥の鳴き声が聞こえてきます。やがて二人の距離は縮まり、気がつけば手をつないで……
それが、私がぼんやりと空想していたデートの光景でした。まあ、タキシードは無いとしても、ゆるやかな山道を二人でのんびりとハイキングすることになるだろうと予想していたのです。
しかし、現実は、私の予想の斜め上をいっていました。
まず、待ち合わせ場所に来た健介君の服装が空手着でした。かなり汚れていました。
背後に、昔の少年漫画のような激しい炎が見えそうでした。
しかも、その空手着には、おそらく稽古でつけたのであろう、返り血が乾いてこびりついていました。
「健介君……、その服……」
「ああ、これが俺の普段着なんだ!」
「…………そうなんだ」
いえ、いいんです。健介君の服のセンスが少しアレでも、別にかまいません。がっかりしなかったと言うと嘘になりますが、それくらいのことで嫌いになるほど軽い女じゃありません。
問題は、山に入ってからのデートコースでした。
・・・・・・一言で言うと、崖でした。
山奥にある高い高い断崖絶壁を、私と健介君は登っていました。
命綱はありません。
岩の出っぱりを便りに、手足を駆使して、上に向かって登ってゆきます。
いわゆる、フリークライミングです。
厳しい岩壁を二人は無言で登ってゆきます。
強い突風が吹きつけてきます。時々、獰猛なカラスの鳴き声が聞こえてきます。二人の距離は結構縮んでますが、手をつなぐ余裕などありません。そんなことしたら死にます。
私がイメージしていたデートと、だいぶ違います。
これって、本当にデートなの?
私は疑問を抱きました。
もしかして、健介君、何か勘違いをしてるんじゃないかしら?
そう思ってぼんやりとした時です。
突然、足元の岩が砕け、私はバランスを崩しました。
「きゃっ……」
「危ない!」
健介君がとっさに私の手を掴んで、私が落ちるのを防いでくれました。
「大丈夫?」
「う、うん」
私は、顔を赤らめながら、体勢を立て直しました。手をつないでみたいという希望が、思わぬ形で叶いました。
そのあと、私と健介君は、お互いをサポートしながら慎重に崖を登り続け、やがて頂上に辿り着きました。
「うわあ……」
私は感嘆の声をあげていました。
崖の上には、美しく雄大な草原が広がっていました。青々とした野草が、風に揺れています。あちこちに小さくてかわいらしい野花がたくさん咲いています。
「ここに来るのは、中学の時、親父との山籠もりで登って以来だな」
健介君が、懐かしそうにつぶやきました。
「え、健介君もやったことあるんだ?山籠もり」
「え?南斗さんもやったことあるの?山籠もり」
「うん、高校に入る前にね、お母さんに教えてもらった山籠もりダイエットをやってみたの」
「へえ、そんなダイエットがあるんだ!ははは、すげえ、どんなことするんだ?」
「うん、まずは雨風が防げる洞穴を見つけてね……」
しばらく私達は、山籠もりの話で盛りあがりました。
そのあと、二人でお弁当を食べました。私の手作りのサンドイッチやおにぎりを健介君は残さず食べてくれました。
おなかいっぱいになった私達は、崖のふちに座って、のんびりと景色を楽しみました。
高い崖から見下ろす、連なる山々の風景はとても神々しく、眺めていると、私のデートコースが崖だったことに対する疑問なんてどうでもよくなってきました。
横にいる健介君を見ました。
健介君は静かな眼差しで、空を見上げていました。
風が、彼の前髪を少し揺らします。
やっぱり……、かっこいいな、と思いました。
私の視線は、健介君の顎、喉、胸元をなぞりました。空手の道着の開いた襟から、裸の胸が見えます。うっすらと汗が反射して、綺麗に輝いています。
私は喉を鳴らして、それを見つめました。
しばらく見つめました。
……見つめました。
……見つめました。
……凝視しました。
だんだんと、私は、その、なんというか、その、…………ムラムラしてきました。
健介君のひきしまった肉体に、あんなことやこんなことをしてみたくなりました。
……誘惑しちゃおうかな?
私は決意すると、持ってきたリュックから、さっきお弁当を食べた時に敷いたビニールシートを取りだし、地面の上に広げました。
そしてそこに、仰向けに寝転がると、シャツのボタンを少し外し、胸の谷間が見えるようにしました。スカートの裾をたくしあげ、太股の露出を増やしました。
そして私は唇を舌で濡らし、できるだけいやらしい目付きをし、色っぽい声で、「健介君……、きて……」と囁こうとしたのですが、さすがに緊張してしまい、気がつけば私は、
「健介!カモンッ!」
と蝶野正洋選手の声色で叫んでいました。