ラウンド3(代々木健介)
(代々木健介)
日曜日に、南斗さんと山へ修行をしに行く約束をした。
山での修行は、親父以外の人間と共に行うのは、初めてだ。
前日になるまでの四日間、彼女と毎日放課後一緒に帰ることになったのだが、この帰路がすでに修行だった。
南斗さんは、俺がわずかでも油断すると、様々なバリエーションの投げ技や間接技を仕掛けてきた。
どの技も、なぜか恋人のように腕を組む姿勢から繰り出された。
何度か、投げられた。
帰り道にある建物の壁や塀に、ボーリング球くらいの穴がいくつか開いているのだが、あれは全て、俺が頭から突っ込んでいった結果である。
投げられるうちに、俺はなんとなくコツをつかんできた。技を仕掛ける直前に、南斗さんは必ず目を色っぽくうるませたり、顔を赤らめたりするのだ。
ただその表情は、どちらかというと恋する純情な乙女といった感じで、とてもあんな凶悪な攻撃を放つ気配は感じられない。だから油断してしまうのだ。
……あと、そんな南斗さんの恥ずかしげな表情に、つい見とれてしまうからでもあるのだが……。
それと気になるのは、時々技を出す直前に、南斗さんが意味の分からないことを絶叫することだ。
「いっちゃうぞコラーッ!!」
「ウィーーーッ!!」
「アポー」
「イナズマッ!」
「K!K!K!K!」
「ファイヤーッ!」
「気合いだーッ!」
何がなんだかさっぱり分からない。
夕食後、誰もいない静かな自宅の道場で、正拳突きの練習をしていた。
あることで、頭の中がいっぱいになっていたからだ。
南斗さんと一緒に帰る時、何回も投げ技を仕掛けられたのだが、その瞬間に、二人の体が密着してしまい、その、腕に胸を押しつけられたりして、その…………意外と大きいなって…………。
いかんいかんいかんいかぁぁぁぁぁぁぁん!!
南斗さんは善意で、俺の修行に付き合ってくれているのだ。そんな邪な気持ちを抱いていては彼女に失礼だ。
邪念を振り払うべく、俺は正拳突きの練習に力をこめた。
「あっ、いたいた!お兄ちゃあん!」
その時、かわいらしい声が道場内に響いた。
振り返ると、道場生の、角田由美が入口の所で手をふっていた。
「なんだ由美か……」
「なんだじゃないでしょ。探したんだから」
由美は小走りで近付いてきた。
角田由美は、うちの道場の女子部に通う、十四歳の少女だ。幼なじみで、昔からやたらと俺に甘えてくる。
「いま練習してんだ。出ていけ」
「また練習?お兄ちゃん、あんまり頑張りすぎたら、体壊しちゃうよ」
「おれの勝手だろ。なんだ、なんか用か?」
「あ、そうだった。ねえ、お兄ちゃん!見て見て!」
なんだよ、と言いかけて、俺はブッと吹き出した。
由美が突然着ていたシャツとジーンズを脱ぎ出したのだ。
「馬鹿野郎!お、お、おまえ何やってんだ!?」
俺は目をつぶって怒鳴った。
「きゃははははっ!お兄ちゃん、赤くなってる!かわいい!」
「ゆ、由美!てめえ、ふざけんじゃねえよ!」
「大丈夫だって。下に水着着てるんだから」
「水着?」
俺はそっと目を開いた。
目の前には、青いビキニを着た由美がにっこりと笑いながら立っていた。床に、シャツとジーンズが脱ぎ捨てられている。
俺はため息をついた。
「あれ?裸じゃなくてがっかりした?」
「殴るぞてめえ」
「冗談よ。もう、マジメなんだから。ねえ、お兄ちゃん。駅前に温水プール場ができたの知ってる?明日日曜日だし、由美と一緒に泳ぎにいこうよ!」
「駄目だ。明日は用事がある」
「えええええっ!そんなあ!せっかく新しい水着買ったのにい!」
「クラスの友達とかと一緒に行けよ」
「それじゃあ、意味ないよう」
「なんでだよ?」
由美は、ぷうと頬をふくらませながら下を向いた。
「…………お兄ちゃんに見てもらいたくて、この水着買ったのに…………」
由美はぼそぼそと何かつぶやいた。
「あ?なんだ?聞こえないぞ」
「何でもないよ!お兄ちゃんの鈍感!だいたい用事って何なのよ!?こんなかわいい幼なじみさしおいて!」
「自分で言うなよ……。修行だよ」
「はぁぁっ!?バッカじゃないの!?そんなのいつも道場でやってるじゃん!」
由美があきれた顔をする。
「今回は特別なんだよ。学校で、すげえ強い奴に出会ってな。そいつと意気投合して、明日、山で一緒に修行しようって約束したんだ」
俺は、目を輝かせて言った。
由美はため息をついて言った。
「あーあ、もうやだやだ。お兄ちゃん男臭すぎ。強い奴ってどんなひとよ?不良?暴走族?なんか武道やってるひと?」
「同じクラスの女子だよ」
「…………は?」
「南斗晶さんっていうんだ」
由美は目を丸くして、少し黙ったあと、道場を揺らすくらい大声をあげた。
「ええええええええええええええええええええええええええええええっ!!?」