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ラウンド2(代々木健介)

(代々木健介)


翌日、俺は朝から憂鬱だった。



生まれて初めて、同世代の人間に負けた。しかも一撃でだ。



これはもう間違いなく、俺の慢心が招いた敗北だ。



虎を倒した父と、シャチを倒した母を両親に持つ俺は、子供の頃から強靭な肉体を持っていた。十六年間の人生を、空手一筋に生きてきた。



小学校の頃は、クラスの友達はみんな「ワンピース」や「ドラえもん」のマンガに夢中なのに、俺だけ梶原一騎の「空手バカ一代」を繰り返し読んでいた。



中学生の頃は、世間では「パイレーツオブカリビアン」の映画が流行っていたのに、俺はビデオで千葉真一主演の「直撃!地獄拳!」を見ていた。



それくらい、空手一筋だった。



だから、自惚れていた。全国大会に優勝したくらいで、天狗になっていた。同世代の中では、自分が最強だと思いこんでいた。とんだ勘違いだ。



世の中には、あの南斗さんのような強者が、まだいるのだ。昨日、あの飛び蹴りを喰らって、目が覚めた。



俺は、まだまだ弱い。



もっと修行しなければ。



登校すると、俺はある決意を固めて、教室に入ってきた南斗さんに近付いた。



俺を見ると、南斗さんはなぜか泣きそうな顔をして頭をさげた。

「健介君、昨日はごめんなさい!本当にごめんなさい!」



……屈辱だった。勝者に謝られるとは。果たし状を出して、勝っておいて謝るとはどういう了見だ。



俺はしばらく無言で彼女をにらんだあと、低い声で言った。

「……話がある。ついてきてくれ」



俺は南斗さんを連れて、昨日の校舎裏へ向かった。

そこの校舎の壁には、人型の穴が開いていた。漢字の「大」みたいな形の穴だ。



昨日の放課後、俺はそこにめりこんでいた。かなりがっちりとめりこんでいたせいで、抜け出すのに深夜二時までかかった。途中、校庭に遊びにきていた鼻水たらしたガキが通りかかり、俺のズボンにでかいハナクソをなすりつけていきやがった。



あの糞ガキ、今度会ったらぶん殴ってやる。



俺はぎりぎりと拳を固めた。

「健介君、……話って、な、何かな?」

俺はきっと振り向いた。

南斗さんはきゅっと身を縮めた。



・・・・・・怒られると思っているのだろうか?俺は昨日の敗北にはなんの文句もない。負けたからってどうこう言う程、器の小さい男ではない。



俺は声をやわらげて言った。

「南斗さんに、お願いがあるんだ」

「……お願い?」

南斗さんは、なぜか意外そうな顔をした。

「ああ」

「あ、……そうなんだ。それで、お願いって?」



俺は大きく息を吸うと、背筋をのばして、まっすぐに彼女の目を見ながら言った。



「俺の修行に付き合ってほしい」



その時、校舎の近くにある線路の上を、特急列車が通り過ぎた。大きな走行音が、あたりに響きわたる。



そう。いまの俺に足りないのは、強い修行相手だった。部活の同級生も、道場の兄弟子も、俺の相手にならない。しかし南斗さんなら、あんな凄まじい蹴りを持つ彼女なら、俺の修行相手としてふさわしい。彼女と一緒に修行すれば、俺はまた一段と強くなれるはずだ。



「ええええええええっ!?」



突然甲高い叫び声が響いた。南斗さんの声だった。



「びっくりした。なんだよ、急に大声あげて?」

「健介君、いま、付き合ってほしいって言った?」

「ああ、言った」



南斗さんは、何をそんなに驚いているのだろうか。彼女もなんらかの格闘技をやっているはずだ。強さを求める者同士が一緒に修行することが、そんなにおかしいことだろうか?



「でも、どうして?私、昨日健介君にドロップキック喰らわせちゃったのに……」

「へえ、あの飛び蹴り、ドロップキックっていうんだ」

「う、うん」

「俺さ、あのドロップキックに惚れちまったんだ」



そう。あのドロップキックの威力に惚れこんで、俺は南斗さんと一緒に修行をしたくなったのだ。

同時に彼女の白いパンティを思い出して、俺は、はにかんだ笑みを浮かべた。



南斗さんは、不安そうに聞いた。

「でも、私なんかでいいの?私、プロレスラーだよ?女の子なのに、馬鹿力なんだよ?お話とかも、あんまり上手じゃないし、それに……」



何をよくわかんないことをゴチャゴチャと。

「君じゃなきゃ駄目なんだよ!」

俺は彼女の両肩をつかんで、強く断言した。

こんな女子高生、他にいるものか。



南斗さんはなぜか目に涙を浮かべ、顔を赤らめた。その表情に、一瞬ドキッとしてしまった。



南斗さんは言った。

「お付き合い、させて、いただきます」

「付き合ってくれるんだね?ありがとう!」

これで、俺は、最強の男にまた一歩近付ける。俺は心の中で、高笑いをあげた。



その時だ。



「イチバーーンッ!!」



南斗さんが突如意味不明な雄叫びをあげ、肘をぶつけるような奇妙な攻撃を繰り出してきた。



おれはとっさにそれをかわした。ギリギリだった。まさかこのタイミングで攻撃がくるとは思わなかった。相変わらず殺気が感じられない。すげえ。一応警戒していて良かった。

「昨日は油断してたけどね。もう、そう簡単には喰らわないよ」

そう言うと、南斗さんは、物凄く嬉しそうな笑顔を浮かべた。



……なるほど、すでに修行は始まっているってわけか。



俺は、ふと胸を見下ろして、驚愕した。

さっきの攻撃がかすったところ、制服のシャツの胸の部分がさっくりと切れているのだ。



ぞくりとした。



俺は、弾けるような笑顔を浮かべた。



この女、面白え。こいつとの修行を乗り越えれば、俺は間違いなく最強の男に大きく近付ける。



俺は、幸せな気分に包まれた。












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