ラウンド2(南斗晶)
(南斗晶)
翌日、私は朝から憂鬱でした。
健介君を、好きな男の子を、ドロップキックで倒してしまったのです。しかも一撃で。
これはもう、間違いなく嫌われてしまったに決まっています。
熊を倒した父と、鮫を倒した母を両親に持つ私は、子供の頃から強靭な肉体を持っていました。でも、心が弱く、緊張するとプロレス技を出してしまうという変な癖を身につけてしまったのです。
この癖のせいで、何度もまわりに迷惑をかけてきました。
小学校の学芸会で、シンデレラのお芝居をやった時は、王子様役の男子を袈裟切りチョップで気絶させてしまいました。
中学時代に、レスリング部の全国大会で優勝した時は、表彰式で、レスリング協会の会長さんをノーザンライトボムで床に叩きつけてしまいました。
もう、嫌になってしまいます。
高校生になってからは、普通のかわいい女の子になろうと、高校デビューしようと思って、いろいろと努力をしました。母に教わった山籠もりダイエットで、体をシェイプアップしました。髪型やファッションにも、いろいろと気を使いました。全盛期のキューティー鈴木くらいには綺麗になれたつもりでした。
でも、その努力も、昨日のドロップキックで全てがパーです。
今日、どんな顔で健介君に会えばいいのでしょうか?
考えると、気が重くなります。早朝練習での、いつもは千回こなせるスクワットも、今朝は七百回しかできませんでした。
登校して、教室に入ると、健介君が近付いてきました。
その顔には、足跡が二つ、くっきりと残っていました。
私はすぐに頭をさげました。
「健介君、昨日はごめんなさい!本当にごめんなさい!」
健介君は、しばらく無言で私をにらむと、低い声で言いました。
「……話がある。ついてきてくれ」
そう言って、健介君は早足で教室を出ました。私はとまどいながらも、それについていきました。
私達二人は昨日の校舎裏へ行きました。壁に、健介君がめりこんだ人型の穴がまだ残っていました。漢字の「大」みたいな形です。
健介君は、背を向けてそれを見ながら、ぎりぎりと拳を固めていました。
私は、恐る恐る聞きました。
「健介君……、話って、な、何かな?」
おそらく昨日のことを怒られるのでしょう。あんなことをしてしまったのです。仕方ありません。覚悟はできています。
健介君はきっと振り向きました。
私はきゅっと身を縮めます。
「南斗さんに、お願いがあるんだ」
「……お願い?」
叱責がくると思っていた私は、意外な申し出に目を丸くしました。
「ああ」
「あ、……そうなんだ。それで、お願いって?」
健介君は、大きく息を吸うと、背筋を伸ばして、まっすぐに私の目を見ながらこう言いました。
「おれ………付き合ってほしい!」
その時、校舎の近くにある線路を、特急列車が通り過ぎました。すごい大きな走行音があたりに響き、健介君の言葉の一部だけがよく聞こえませんでした。
でも、最初と最後の部分はしっかりと聞き取れました。
「おれ」
「付き合ってほしい」
・・・・・・ツキアッテホシイ?
「ええええええええっ!?」
私は思わず大声をあげてしまいました。
うそっ!これって告白!?なんでなんでなんでっ!?
「びっくりした。なんだよ急に大声あげて?」
「健介君、いま、付き合ってほしいって言った?」
「ああ、言った」
真剣な表情でうなずいてくれました。
「でも、どうして?私、昨日健介君にドロップキック喰らわせちゃったのに……」
「へえ、あの飛び蹴り、ドロップキックっていうんだ」
「う、うん」
「俺さ、あのドロップキックに惚れちまったんだ」
はにかんだ笑みを浮かべながら、健介君はそう言ってくれました。
私のドロップキックが、美しかったってこと?
うちの団体のレスラー以外の人に、技をほめてもらうのは初めてでした。
嬉しさが、こみあげてきました。
「でも、私なんかでいいの?私、プロレスラーだよ?女の子なのに馬鹿力なんだよ?お話とかも、あんまり上手じゃないし、それに……」
「君じゃなきゃ駄目なんだよ!」
健介君は、わたしの両肩をつかんで、強く断言してくれました。
私は胸がいっぱいになって涙が浮かんできました。
顔を赤らめながら、私は言いました。
「お付き合い、させて、いただきます……」
「付き合ってくれるんだね?ありがとう!」
健介君は、弾けるような気持ちのいい笑顔を見せてくれました。それを見た私は胸がきゅんとなって、心臓の鼓動が急に早くなりました。
そして気がつけば私は、
「イチバーーンッ!!」
と叫びながら、近距離からのアックスボンバーを放っていました。
ところが、健介君は、華麗な動きでそれを見事にかわしてみせました。
「昨日は油断してたけどね。もう、そう簡単には喰らわないよ」
健介君は涼しげに言いました。
そうです。健介君は空手部のエースなのです。強いのです。ということは、私が突然プロレス技を出しても、余裕でそれをさばけるわけです。
私にとって、なんて理想的な彼氏なのでしょう!
わたしは、幸せな気持ちに包まれました。