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ラウンド15(南斗晶)

(南斗晶)


審判が、カウントを数え始めました。




「1っ!2っ!……」



リング上で、健介君は、仰向けになって倒れたまま、気を失っていました。

私は、健介君の名を叫ぼうと口を開きましたが、ためらいが、頭をよぎり、声を出せませんでした。

健介君は、骨折しています。もし目を覚ましたとしても、そんな状態で戦って、田山に勝てるとは思えません。

ここで応援しても、健介君を苦しめるだけです。

わたしは口を閉じて、うつむきました。



「3っ!4っ!……」



田山は、ロープにもたれて、顔をしかめていました。健介君の打撃による苦痛が、今になって押し寄せてきたみたいです。

とにかくこれで、わたしと健介君の交際は終わりです。父、アトミック南斗は、約束を必ず守らせる男です。



「5っ!6っ!…………」



私は、健介君とのお付き合いを振り返りました。

一緒に学校から帰る時、緊張して、様々な投げ技を仕掛けた私を、健介君は怒りませんでした。

普通なら、訴えられてもおかしくないような暴力を振るった私に、健介君は笑いながらこう言ってくれました。

「南斗さんは何も悪くないよ。避けきれなかった俺が未熟なだけさ」

「でも……」

「気にすることないって。見てなよ。すぐに全ての技を避けられるようになってやるから」

「…………ありがとう」

わたしは顔を赤くしてうつむきました。



こんな人は初めてでした。



今まで、私は、緊張するとプロレス技を出すという悪い癖のせいで、たくさんのひとに怪我を負わせてきました。そのたびに、父は怪我を負わせた相手の両親に土下座をして謝りました。私はそんな父の背中を見ながら育ちました。



私に恋愛は絶対に無理だ。



そう、あきらめていました。寂しいけど、我慢しました。

だから、健介君に交際を申しこまれた時は、本当に、本当に嬉しかったのです。健介君は、わたしが緊張して繰り出すプロレス技に、真正面からしっかりと対応してくれました。



体の芯からプロレスラーである私を、まっすぐな目で見てくれました。

私に殴り飛ばされても、怪我をしても、優しい笑顔を見せ、わたしをなぐさめてくれました。




でも、それも、今日で終わり。









……嫌だ。








「健介君っ!」私は叫んでいました。「お願いっ!負けないでっ!健介君っ!」







私は一体何を言っているのでしょうか?健介君は足の骨を折っているのです。戦えるはずがありません。



分かってます。

分かっているのです。

でも、嫌なのです。



健介君が好きなのです。

健介君が、大好きなのです。

健介君と別れたくありません。

もっといろんな場所に行きたい。

もっといろんなことをしたい。

もっと二人で過ごしたい。健介君と一緒にいたい。



私は泣きながら叫びました。

「立ってっ!健介君っ!!」



しかし審判のカウントは無情にも続きます。



「7っ!8っ!……」



……あと二秒です。



私は顔を覆ってうずくまりました。




そのときです。




会場にざわめきが広がりました。




「9っ!………………」




カウントが、止まりました。




私は、目を開けて、ゆっくりと顔をあげました。




目を見開きました。















リングの上で、健介君が、ぼろぼろの体で立ち上がっていました。




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