ラウンド14(代々木健介)
(代々木健介)
「…………くぅっっっ」
悲鳴を必死で噛み殺した。
俺は、上に乗った田山の足を全力でつねった。
「痛てっ」
田山の腰が浮くと、俺はすぐにそこから、逃れ、転がりながら、リングコーナーまでさがった。
そして、立ち上がった。
激痛が走った。
「がっ」
倒れそうになる。しかし、こらえる。右足だけ少し浮かせて、案山子のように左足だけで立つ。
足の骨を折られた。見事に折られた。
痛い。すげえ痛い。すぐさま試合を放棄して、絶叫しながらリング上を転げ回りたい。腿が熱を持ち、じんじんと腫れてくる。
「よく立てたな」
田山が感心した表情で言った。
俺は、無言でにらみ返した。
「何が起きたかわからないって顔だな。なんで、おれがあんなに動けたか、分からないんだろう?いいぜ、種明かししてやるよ」
田山は近寄ってくると、小声で言った。
「まあ、単純な話さ。俺は、おまえの空手を喰らって、やられたふりをしていたんだよ」
「……なんだと」
ふざけるなと思った。
確かな手応えはあったはずだ。
あのダメージの蓄積による、鈍くなってゆく動き、青ざめる顔、汗、表情、目付き。あれが全て演技だったというのか。信じられない。
「俺は試合前の一週間、いままでのおまえの空手の試合のビデオをたくさん見た。そして、お前が倒してきた相手のやられ方を観察して、それをそっくりそのまま演じられるようにした。そして、それをおまえの目の前で演じてみせたのさ」
「…………」
「おまえは、おれがいままで倒してきた奴らと、同じようにダメージを喰らっていると錯覚した。そして、勝てると思いこんだ。その慢心が大きな隙を生み、俺のプロレス技を全て喰らう要因となったってわけさ」
田山の言う通り、俺は勝てると確信していた。田山はもう満足に動けないと思いこんでいた。
しかし、おかしい。
俺は田山に聞いた。
「だが、それでも、おまえは俺の攻撃を受けていたはずだ。それなのに、ダメージがないなんて……」
「ノーダメージだったってわけじゃあないさ。それなりに痛かった。しかし、倒されるほどじゃあない」
「そんな……」
「プロレスラーの肉体をなめるなよ」田山の目が鋭くなった。「闘いを見せるのが、格闘技なら、闘いを魅せるのがプロレスだ。プロレスラーは、試合を面白くするために、あえて相手の技を受けきる。二百キロの巨漢レスラーにボディプレスを受けることもある。デスマッチならば、釘バットで殴られることも、電流爆破でぶっ飛ばされることもある。そんな試合を耐え抜くために、俺達レスラーは、肉体による「受け」の練習を日々繰り返しているんだ。とくに俺は、今日の試合のために、あのアトミック南斗の打撃を何度も受けてきた」
俺は、呆然とした。
相手の技を受けきるだと?
空手には、全く存在しない発想だった。
「代々木健介。おまえの敗因はたったひとつだ」田山はかまえた。「おまえは、プロレスの表現力をなめた」
ラリアットがきた。
足の骨の折れた俺には、よけられない。
田山の上腕が勢いよく、喉に食いこんだ。
俺は、吹っ飛んだ。
また後頭部を強打し、俺の意識は、すう……と遠のいていった。




