ラウンド1(代々木健介)
(代々木健介)
強い奴に出会った。
俺の名前は代々木健介。今年十六歳になる、男子高校生だ。空手部に所属している。
俺は、強い奴を求めていた。
赤ん坊の頃から、親父に厳しい空手の英才教育を受けてきた俺は、強くなりすぎていた。中学時代の全国大会では、毎回、優勝していた。だから、いま所属している空手部の先輩も、顧問の先生もコーチも、全く相手にならない。
このままでは、腕がなまってしまう。誰か、俺を鍛えてくれるような強者はあらわれないものか。
そんなある日のことだ。
放課後、学校の玄関の靴箱に、手紙が入っているのを見つけた。こんな内容だった。
『お話があります。放課後、校舎裏の桜の木の下で待ってます』
俺は、それを読んでニヤリと笑った。
「……果たし状か。久しぶりだな」
中学時代には、いろんな他校の不良に喧嘩を売られたものだ。最近は、俺の強さが噂で広まっているらしく、つっかかってくる輩は少なくなっていた。
道場の練習とは違う、こういう実戦の場でこそ、俺の空手は磨かれるんだ。
俺は拳を握り、気合いを入れて、校舎裏へ向かった。
それにしても、かわいい字の不良だな、と思った。
校舎裏へ着くと、俺は虚をつかれた。
桜の木の下には、不良ではなく、ひとりの女生徒が待っていた。
同じクラスの、南斗晶さんだ。クラスで、一位ニ位を争う美少女だと、男子が噂していたのを覚えている。
なんだ。不良の果たし状じゃなかったのか。
どうも空手漬けの毎日を送っているせいで、殺伐とした考えばかりが頭に浮かんでしまう。いかんいかん。
俺は、彼女に話しかけた。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
「んーん、わたしもいま来たばかりだから」
そう言う南斗さんの目は、なぜかうるんでいた。花粉症だろうか。それにさっきから硬い表情で下を向いていた。腹が痛いのだろうか。
「それで、南斗さん、話って何かな?」
「あ…………、うん」
南斗さんは顔をあげた。
目があった。
すると、彼女の頬が急に紅潮した。
そして両腕で胸をおさえながら、全身を小刻みに震わせ始めた。
何かを必死で我慢しているようだった。うわ言のように、小声で、
「あっ……ダメっ……いまはダメッ……」
と呟いていた。その声がなんだか色っぽかったので、ついドキッとしてしまった。
やはり腹が痛いようだ。どうやら、かなり限界らしい。
俺は、トイレに行くかい?と話しかけようとして口を開いた。
その時だ。
「健介ッ、死ねやコラァァァッ!!」
南斗さんは、そう叫ぶと同時に、空手では見たことのない、奇妙な形の飛び蹴りを放った。
しまった!やはりあの手紙は果たし状で彼女は俺に喧嘩を売っていたのか美少女だから油断した最近の女子高生はなんて大胆なんだしかしなんてことだこの俺がまったく殺気を感じとることができなかったとはブバァァッ!!
蹴りを喰らうまでの一瞬で、俺はこれだけのことを考えた。
しかし、蹴りが当たった瞬間、さらなる衝撃が俺を襲った。
俺の顔面にめりこむ、南斗さんの両足。
その先に、スカートの中の白いパンティが見え
ちがぁぁぁぁぁぁぁうっ!!
そうじゃない!俺が衝撃を受けたのは蹴りの威力だ。その初めて見る奇妙な形の飛び蹴り、まるで全身をまるごとぶつけてくるかのようなその技は、今までに喰らったことのない、凄まじい威力を持っていた。
俺の体は吹っ飛び、校舎の壁に叩きつけられた。後頭部をコンクリートに強打し、俺は気を失った。
意識が遠くなる中、
「うえーん、ごめんなさーい!」
と泣きながら走り去る、南斗さんの足音を聞いた。




