ラウンド11(南斗晶)
(南斗晶)
控え室で、簡単な応急処置を受けると、私は着替えずに、ジャージをはおってすぐに会場に戻りました。
会場は、観客の異様な歓声で盛り上がっていました。
リング上では、健介君と田山が、まだ戦っていました。試合開始から、もう十五分たっているはずです。しかし、二人の動きは鈍っていません。どちらも、すごいスタミナです。
「田山のヤツ、何よあれ?」
私は田山の動きに違和感を覚えました。ずっと打撃の攻防を繰り返していて、寝技や間接技を使っていません。
ふと、観客の男性の叫び声が耳に入りました。
「すげえな!田山のヤツ!空手家を相手に空手で渡り合うなんて!」
空手?
田山のヤツ、空手で健介君と戦っているっていうの?
私はリングサイドまで駆け寄りました。
そして、赤コーナーの下、セコンドと一緒に立っている父、アトミック南斗に話しかけました。
「お父さん!」
「おうおうおう、晶か!ケガは大丈夫か!?」
「どういうことなの?なんで田山はあんな戦い方を?」
「おう?……まあ、見てりゃ分かるって」
そう言って、アトミック南斗は、リング上に目を戻しました。私も、その視線を追います。
リング上では、健介君と田山が、素早い突きや蹴りの応酬を繰り広げていました。健介君は、鼻血を流していました。田山も、目の上から血を流しています。
一見、互角の戦いに見えますが、よく見ると違います。
田山の攻撃は、何度も健介君を叩いていますが、ほとんど急所に当たっていません。
それに比べて、健介君の攻撃は、一発一発が、確実に急所に命中しています。
田山の方が、圧倒的に、ダメージの蓄積が多いはずです。
その証拠に、少しずつですが、田山の動きが鈍くなっています。
なんで……?
私は困惑しました。
昨晩、田山はこう言っていました。
「お互い、空手家共に、プロレスの凄さってヤツを見せつけてやろうぜ」
これがその答えなのでしょうか?
空手家を相手に、プロレスラーが空手で戦ってみせ、それで不利に陥ることのどこに、プロレスの凄さがあるというのでしょうか?
「わからないよ」
呟きが漏れました。
アトミック南斗が、私を見下ろします。
私は聞きました。
「お父さん、なんで田山のヤツ、空手で戦ってるの?空手で、健介君に勝てるわけないじゃない。健介君は、代々木流空手のエースなのよ?」
「おうおうおう、晶。おまえ、何言ってんだ?」
「え?」
父が笑みを浮かべながら、はっきりと言いました。
「田山は、いま、ちゃんとプロレスで戦ってるじゃねえか」
私は耳を疑いました。
「何を言って……」
その時、観客の歓声が大きくなりました。
私はリング上に目を戻しました。
田山が、苦悶の表情で腹を抑えて、リングのマットに膝をついていました。
健介君が構えたまま、静かな表情でそれを見下ろしていました。




