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ラウンド10(代々木健介)

(代々木健介)


ゴングが鳴った。



俺が構えると、田山が少し近付いて笑みを浮かべながら話しかけてきた。

「よう、あんた、晶のどこに惚れたんだ?」



……南斗さんのことか?



「何を言っている?」

「何を言ってるって、なんだよそれ?おまえら恋人同士なんだろ?」

おれは顔を赤くして、動揺した。

「ふざけるな!それはおまえらが勝手にでっちあげたアングルとかいうやつだろう?」

「はあ?何言ってんだおまえ?」

田山はいぶかしげな顔になった。

「それはこっちの台詞だ。おれと南斗さんは、別にそうゆう関係ではない」

田山の目に、困惑の色が浮かぶ。



「ちょっと待てよ。おまえ、晶に付き合ってくれって言ったんじゃなかったのか?」

「……修行に付き合ってほしいとは言ったがな」

「修行にって……」

田山はうつむき、しばらく何かを考える仕草をした。そして、急にため息をつくと、わしわしと頭をかいてつぶやいた。

「そういうことかよ。あの馬鹿野郎、とんでもない勘違いしやがって」



俺は少しいらついてきた。

「おい、さっきからなんなんだ?もう試合は始まってるんだぞ」

「ん?ああ、そうだったな。悪い悪い」



田山の姿が消えた。



俺は虚をつかれた。



気がつけば、背後に回りこまれていた。羽交い締めにされた。



後ろから、田山の声がした。

「今日は本気で戦うふりして、わざと負けるつもりだったんだけどな」

「なっ?」

「事情が変わった。おまえが勝って、そのあと晶が勘違いに気付いたら、あいつを泣かせちまうことになる。悪いが勝たせてもらうぜ。そして、晶とおまえの関係を断ち切る」

「何を……っ!」



体が持ちあげられた。



視界が。天井が下に、リングが上に



いや、俺の体が上下逆にされて



やばい



これはあれだ




バックドロップ



「おりゃあっ!」

頭部をマットに叩きつけられる直前に、俺は逆さにされた体勢のままマットに正拳突きを当てた。それが衝撃を逃がし、受け身となり、バックドロップによる頭部のダメージを減らした。



起き上がり、すぐさま離れようとした。



ところが、田山が足を引っ張る。

「立たせねえぞ」

「くっ」

俺を引き倒すつもりのようだ。寝技の争いになると、こちらが不利だ。

足をつかまれた体勢のまま、俺は田山の顔面を数回殴った。しかし田山はびくともしない。

「プロレスをなめるなよ」

足にへばりついたまま、田山はじりじりと体勢を整える。足の間接を狙っているようだ。



俺は、笑った。

「おまえこそ、空手をなめるなよ」

歯を喰いしばると、俺はひゅっと息を吐き、足に力をこめた。

そして、へばりつく田山をくっつけたまま、足を持ち上げ、その足で、リングコーナーの鉄柱に向かって、蹴りを放った。



俺の足にへばりついた田山は、背を鉄柱に強打した。

「ぐっ」

力がゆるんだ。



俺は田山の腕から足を抜き、すぐに下がって距離をとった。



田山はぬっと立ちあがった。

「おもしれえなあ。おまえ」笑っていた。

「そうか」

「いやいや、格闘家なんてのは、型にはまった動きしかできねえんだろなって、なめてたんだけどよ。おまえは」



タックルがきた。



しかし俺は冷静にそれをかわす。



かわされた田山は頭をかいた。

「ありゃ、駄目か」

「殺気が丸出しだ」

「じゃあ、こんなのはどうだ?」



笑みを浮かべたまま、田山は構えの形を変えた。



それを見て、俺は目を細めた。

「なんのつもりだ?それは?」





田山が見せた構え。



それは、空手の構えだった。



田山が答えた。

「相手がタンゴを踊るのなら、タンゴを、ジルバを踊るのなら、ジルバを踊ってみせる。それがプロレスラーだ」

「…………?」

「とある昔のプロレスラーの言葉さ」

「何が言いたい?」

「見ての通りさ。空手でやりあうんだよ」



頭に血が登りそうになるのを抑えて、俺は静かに聞いた。

「……なめてんのか?」

「本気さ」田山は笑った。「なんでもできるのがプロレスラーだ」



ばちぃっ

ちっ



田山が言い終わる前に、俺は上段蹴りを放った。田山は腕でそれを防いだ。カウンターで田山の正拳突きが飛んできた。



いい突きだった。



俺はなんとかかわしたが、田山の拳が鼻をかすめてしまった。



あわてて下がり、距離をとった。

鼻血が流れだして、口に入った。

今の攻撃を、もし顎に喰らっていれば、試合は終わっていたかもしれない。



「……上等だ」

俺は、鼻血を手の甲で乱暴にぬぐうと、笑みを浮かべて構えた。





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