ラウンド10(南斗晶)
(南斗晶)
ゴングが鳴りました。
角田由美は、急に笑みを浮かべながら、軽い足取りで歩み寄ってきました。
私は、とまどい、構えをとるのを忘れました。
「よろしくお願いします!」
はきはきとした声で言うと、角田は手をさしだしてきました。握手を求めているようです。
「あ、うん」
わたしは応じました。握手をすると、角田はわあ、感動の声をあげました。
「すごいっ、たくましい手をしてるんですね」
「まあね。鍛えてるから」
「へえ、こんなゴリラみたいな手で、私から健介お兄ちゃんを奪ったんですね?このメスブタがぁぁぁぁっ!!」
突然下腹部に、重い痛みが走りました。
角田が、笑みを浮かべたまま、私の股間を蹴りあげたのです。
「ぐっ」
私はとっさに下がろうとしました。しかし、角田は握手した手を離しませんでした。そしてすごい力で引っ張ってきたのです。
十四歳の少女の力とは思えませんでした。
引っ張られ、つんのめった私の顔に向かって、角田は正拳突きを放ちました。
ごりっ
鼻の骨が曲がりました。鼻血が流れだし、口のまわりに、熱くてぬるりとした感触が広がります。
「その綺麗な顔、グチャグチャにしてやんよ!」
ばちんっ
ばちんっ
ばちんっ
そのまま角田は、私の顔面に向かって、三発蹴りを喰らわせました。血液が三回、マットに飛び散ります。
容赦ないわね。
私は心の中で苦笑しました。
蹴りの威力は、なかなかのものでしたが、今まで何千発と喰らってきた父の打撃に
比べれば、大したことはありません。
いや、痛いことは痛いのですが。
踵落としがきました。
これは喰らわないほうがいかなと思い、後ろにさがろうとしました。
しかしコーナーに戻る間もなく、角田の下段蹴りが飛んできました。
ひとつひとつの動きの素早さに、驚きました。
距離を取ろうと下がっても、走ってきて迫ってきます。一気にケリをつけるつもりのようです。
いいわよ。受けてやろうじゃない。
私はロープに背をあずけ、はねかえる反動、勢いで体当たりをぶちかましました。
角田の小柄な体はあっさり吹っ飛び、倒れました。
あわてて立ち上がろうと膝をついた角田の顔面に向かって、低空ドロップキックを放ちました。
かわされました。
角田は転がりながら距離を取り、立ち上がりました。
私もすぐに立ちます。
そのまま数秒、にらみあいが続きます。
角田が、かわいらしい笑顔で言いました。
「汚い顔ね。口のまわりにビチクソぶちまけたみたい」
私は笑い返しました。口に鼻血が入ります。
「教えてあげる。いい女ってのはね。血まみれでも美しいものなのよ。あなたこそ、せっかく綺麗な顔してるのに、汚いことするのね」
「ごめんなさあい」甘えた声。「わたしがかわいいのは、健介お兄ちゃんの前だけよ」
「健介君のこと好きなの?」
「てめえ何名前で呼んでんだコラァっ!」
「なるほどね。そういうこと」
彼女が私の対戦相手になった理由が分かりました。
この試合に勝って、私と健介君の仲を引き裂くつもりなのでしょう。
「負けられないわね」
私は両手を広げて構えました。
「ほざくなよ。このデカ乳がぁっ!」
角田は飛びかかってきました。
そこからは、もう、どつき合いでした。
角田は、正拳突き、蹴り、膝蹴り、飛び蹴り、回し蹴りといった足技中心の連続技で攻めてきました。
わたしはノーガードでそれを全て受けきり、掌底、水平チョップ、エルボー、ラリアットといった打撃を返していきました。
どごっ
どごっ
ばしっ
びしっ
ぼごっ
互いの攻撃が肌を打つ音が、会場に響きます。
角田も私も、顔が腫れ、青痣が浮いていました。
激しく動き続けたため、二人とも、だいぶ息があがっています。体に乳酸がたまっているのが分かります。
たぶん次が最後の攻防になるでしょう。
「南斗さん」
角田が話しかけてきました。
「何?」
「仕切り直しません?」
そう言って角田は右手をさしだしました。
私は察しました。
試合冒頭の、握手した状態から始めようというわけです。
「いいわよ」
私も右手をさしだします。
少しずつ、距離を縮めます。
互いの掌が、ゆっくりと近付きます。
指が触れ合います。
握手しました。
ずどんっ!!
一瞬でした。
わたしは角田を背負い投げで投げ飛ばしました。
そして、リングに叩きつけると、背後にまわり、スリーパーホールドで首を絞めあげました。
「がああああああああっ…………」
角田はうめきながら、私の腕に爪を突き立て、何度も強くひっかきました。皮が裂け、血が滲みます。
私はさらに絞めあげました。
角田は、両手両足をばたつかせて暴れました。しかし私は離しません。完全に極まっています。
角田はギブアップをしませんでした。
やがて暴れる動きに力が無くなり、腕がだらんとたれました。
それを見て、すぐに審判が大きく両腕を振り、試合を止めました。
ゴングが鳴り響きます。
九分三十五秒。
レフェリーストップ。
私の勝ちです。




