ラウンド9(南斗晶)
(南斗晶)
日曜日になりました。
「ちょっと、お父さん!何よこれ!?」
準備中の試合会場に、わたしの怒声が響きわたりました。
「おうおうおう、どうした晶?」
リング下にいた私の父、アトミック南斗は、振り向きました。
「どうしたもこうしたもないわよ!これは何なのよ!?」
わたしは手に持っていたポスターを乱暴な手付きで広げました。今日の興行の宣伝ポスターです。それには、散りばめられたハート模様、私と健介君の顔写真と共に、こんな宣伝文句が載っていました。
『リング上に愛の血しぶきが乱れ飛ぶ!若い恋人達が、カップルの未来をかけて死闘を繰り広げる!負けたら即破局!青春ラブラブ異種格闘技戦デスマッチ!今夜開催!こうご期待!』
最悪です。
こんなポスターが、試合会場の周りに、町中のあちこちにたくさん貼られていたのです。ランニング中に見つけた時、思いっきり転倒してしまいました。
「おうおうおう、おれが考えたんだ。どうだ?いいキャッチコピーだろ?」
「どこが!?愛の血しぶきとか意味よく分かんないし!もう!私ならまだしも、なんで健介君の写真まで勝手に使うのよ!」
「いいじゃねえか、恋人同士なんだから!つうしょっとってやつだ。つうしょっと!」
父は変な発音でつうしょっとと繰り返しながら大声で笑いました。他のレスラー達もひゅーひゅーとはやしたてます。
「もおおおおおっ!」
私は真っ赤になって叫ぶと、客席用の折り畳み椅子を片っ端から父に向かって投げつけました。
やがて夕方になり、今日の興行が始まりました。
あんなチラシでもけっこう集客効果があったらしく、会場はいつもよりたくさんのお客さんで埋まっていました。同級生の顔もちらほら見えます。
うちのレスラー達は、お客さんの数を見て気合いを入れたらしく、興行は第一試合から盛り上がりました。
次々と試合が始まり、終わり、出番が近付くにつれて、私の緊張は高まります。
ガチは怖いです。
殴られるのも怖いですが、それ以上に相手の肉体を破壊しかねない自分が怖いです。
第五試合が終わりました。
「南斗さん、次出番です」
後輩のレスラーが、控え室に入ってきました。
「うん、すぐ行く」
わたしは立ち上がり、姿見の鏡を見ました。
後ろで縛った髪。目のまわりに軽いメイク。赤いリングコスチューム。
いまのわたしは、プロレスラー南斗晶です。
「しゃあっ!」
ばちんと頬をはたいて、気合いを入れると、わたしは拳を握って控え室を出ました。
試合会場には、二つのリングが設置されています。
その二つのリングで、私の試合と健介君の試合が同時に行われるのです。
父が考案した、少し変わったマッチメイクです。
会場に、音楽が鳴り響きました。
『凛として咲く花の如く』
私の入場テーマです。
軽快な音楽にあわせて、私はリングに向かって入場通路を歩いていきます。
途中、もうひとつのリングの方を横目で見ました。
健介君と田山は、すでにリングインしていて、それぞれのコーナーに立っていました。
私は視線を戻しました。
ロープを飛びこえて、私もリングインします。
青コーナーには、空手着を身につけた、ひとりの少女がいました。
私の対戦相手、角田由美です。
かわいらしい女の子でした。まるでリスのような、つぶらな瞳をしています。
この娘が戦うの?
正直とまどってしまいました。
選手コール、ボディチェック、審判のルール説明を終えて、わたしと角田由美は、それぞれのコーナーに戻りました。
ゴングが鳴りました。




