ラウンド8(南斗晶)
(南斗晶)
翌日から、私は練習メニューを強化しました。
来週の試合に勝つためです。
ガチの試合は、初めてです。プロレスとは違う舞台で、自分の肉体がうまく動いてくれるかどうか。正直、自信がありません。
それでも試合を受けたのには、理由があります。
健介君に、想いを伝えたかったのです。
健介君から告白してくれて、私はいま彼とお付き合いをしていますが、まだ一度も、私のほうから好きと言ったことがありません。
何度か言おとしたのですが、例によって緊張してプロレス技を出してしまい、うやむやになってしまいます。
この前のデートでは、体を張ろうとまでしてみたのですが、いまいち健介君には伝わっていないようでした。お父さんに邪魔されましたし。
好き
言葉にすると、たった二文字なのに、口に出すのにどうしてこんなにも勇気が必要なのでしょうか。
健介君のお父さん、倍達さんに試合の話を持ちかけられた時、私はあることを思いつきました。
プロレスで、好きという想いを伝えられないだろうかと……。
プロレスは、リング上の戦いで自分の生きざまを表現するエンターテイメントです。
私は普通の女の子ではありません。流行りの服や音楽には、くわしくないし、お化粧もうまくありません。料理や裁縫もさっぱりです。
でも、プロレスには自信があります。
好きと伝えたくても、プロレス技しか出せないのなら、いっそのことプロレスを使って好きと伝えてみよう。
そう考えて、私はこの試合を受けることにしたのです。
試合前日になりました。
夜、私は練習場のリングの上で、黙々とスクワットを繰り返していました。
この一週間、できるだけのことはしてきました。
総合格闘技向けの練習もしましたが、しょせんは付け焼き刃です。
プロレスの試合前とは、ひと味違った恐怖と緊張感が、ずっと頭にこびりついていて眠れません。
「眠れないのか?」
後ろから声がしました。
振り向くと、練習場の入り口に田山聡が立っていました。
「何よ、あんたまだ帰ってなかったの?」
「さっきまで、社長直々に、特別訓練を受けてたんだ」
「お父さんに?」
私の父、アトミック南斗は、南斗プロレスの社長とレスラーを兼任しています。
田山は、笑みを浮かべながらリングに歩み寄ってきました。その顔には、たくさんの痣が残っていました。
「明日の試合。代々木健介の相手を、おれがやることになった」
「あんたが?」
私は目を丸くしました。
「はは、驚いたか?」田山は笑いながらリングに上がりました。「話は社長から聞いたよ。明日の試合、おまえらカップルが試合に勝たないと、交際を認めてもらえないんだってな。馬鹿なことしやがって」
「……うるさいわね」
「負けてやろうか?」
田山が真剣な顔で聞きました。
「え?」
「わざと負けてやろうかって言ってんだ。おまえ、その健介ってヤツと付き合い続けたいんだろ?おれはプロレスラーだからな。負け役も慣れてる。おまえが望むなら、負けてやってもいいんだぜ」
パシッ
私は田山の頬を張りました。
「ふざけないでよ。そんなことして、私が喜ぶとでも、思ってるの?」
「じゃあ、本気でやってもいいんだな?おれの強さ、おまえだって知ってるだろ?」
「…………」
私は無言でうなずきました。
「よかった」
田山はため息をつきました。
「……?よかったって、何よ?」
「いや、その健介って男にがっかりしなくてすんだなって。もし、おまえがおれにわざと負けてって頼んでたら、付き合ってる女にそんなことを言わせるような程度の男だったら、いまからぶちのめしに行ってるところだった。そんなヤツ、神聖なリングにあがらせたくねえからな」
「田山……」
「これで、安心しておれも戦える」
田山はリングを降りると、両手をポケットにつっこんで、大声をあげました。
「南斗。おれさ、おまえのことが好きだ!」
声が、練習場に反響しました。
私は、突然の告白に絶句し、顔を赤くしました。
田山は続けました。
「覚えてるか?おれ、小さい頃、おまえにプロポーズしたことがあったんだぜ。幼稚園通ってたころ、おれはひ弱でさ。いつも近所の悪ガキにいじめられてた。おまえは、そんなおれをいつも助けてくれていた。で、ある日、おれはおまえに誓ったんだ。『晶ちゃんを守れる強い男になる。そうなったら、結婚して』ってな」
「……覚えてるけど」
小さい子供の言うことだ。本気で聞いてはいなかった。
「それで、おれプロレスを始めたんだ。そして少しは強くなった。もっと強くなって、団体のトップレスラーになったら、告ろうって考えてたんだけどな……」
田山は、わしわしと頭をかきむしりました。
「……田山」
「さっきスクワットしてるおまえを見て、きっぱりあきらめたよ。おまえ、……すげえ輝いてんだもん。短い間にいい女になりやがって。その健介って男。会ったことないけど、いい男なんだろうな」
私は複雑な表情で田山を見下ろしました。
田山はしばらく苦笑したあと、鋭い目つきになって、私に向かってびっと指をさしてみせました。
「でも、明日の試合は、おれは本気でやるぜ。勝っても恨むなよ。……じゃあ、おれは帰るよ。おまえも早く寝ろよ」
そう言って、田山は背を向けて歩き出しました。
練習場を出る直前、田山は振りむいて言いました。
「南斗よお」
「…………何?」
「明日の試合、お互い空手家達に、プロレスの凄さってやつを見せつけてやろうや」
「…………うん!」
私は笑みを浮かべてうなずきました。
田山は笑い返すと、さっと手を振って練習場を去りました。




