病室
俺は怪我が治るまで病院にいることになった。
影を自分の世界に送っただけでかなりやばいってことはもう体験済みだ。
だから、国家の面目もあって治療費等々全額向こうの世界の国が負担してくれる。
帰りたいという気持ちと、ここにいたいという気持ちと、もうここにはこれなくなるんじゃないかという不安が入り混じって、あまりいい気持ちで過ごせなかった。
ただ、めっちゃ綺麗なナースに看てもらえたのはめちゃくちゃうれしかった。
自分は本当は死んでて、天国にいるんじゃないかって何度も思った。ムハー
ノックが聞こえて「失礼しまあす。」と言って短めに切った黒髪の女の子が入ってきた。
「こんにちわ。大神翔さんですね。わたしは山内ひなって言います。黒神さんの部下やってます。」
「一昨日は日本国に影を流出させる事態を招いてすみませんでした。怪我が治るまでここにいてください。」
「あの、これ、手作りのケーキなんですけど、よかったら食べてくれませんか?」
そう言って山内は抱えるほどの大きな箱から、三段になった巨大ケーキを取り出す。
三段とも色が違い、シンプルでいて綺麗な飾り付けをしている。
「実は私、甘いものに目がなくて……。あ、すいません、ケーキ食べられますか? ……そう言えば魔法が使えないから喋れないんですよね。どうしよう……。」
「いや、普通に喋れますよ。」
「うわっ、ビックリした! あなた魔法が使えるんですか? それなら早く言ってくださいよ。うちの上司も突然頭に話しかけることがあってビックリするんですよ。」
俺も初対面の人の場合、まず驚かれるな。
「これは超能力って奴です。」
「ああ、そうなんですか。こっちは超能力者はあまりいなくて……。」
「山内さんって、自分を助けてくれた人ですよね。」
「覚えていてくれたんですか? あの時は本当に助けられてホッとしました。」
「こちらこそ、助けてもらってありがとうございます。」
「いえいえ。それよりうちの上司が……」
そうしている内に山内さんとは仲良くなって、お菓子の話を聞きながら三段で味の違うケーキを四分の一ほど平らげた。
もちろん犬用のケーキだ。ハヤトにも作っているらしい。
甘いものが好きなのにスリムなのはどうしてだろう。それはたぶん、永遠に知ることはないのだろう。
山内さんが帰ってしばらく空けた窓から入る風を楽しんだ。
なんてことはない。この世界の空気も自分のいた世界と同じだ。
こうして怪我のときでも病院のベッドで寝られるなら、この世界に住んでもいいかもと思った。
だけど、一人は寂しい。リンと毎日メールのやりとりできないし、ユウやバンドのメンバーと歌って騒げない。
緑川や早瀬とも会えないのは寂しいし、バイトも楽しいなって思えるようになったんだ。
人生に別れは付き物だけど、やっぱり別れたくはなくて、必死に道を考えてしまう。
俺はハヤトのことをなにも知らないのに親しみを感じているのは、コウジや師匠の面影を重ねているからなんだろうか。
もし、それらをなにも知らずに生きていたら……。それはきっととてもつまらない人生になっただろうな。
夏の終わりの生暖かい風が病室の中に吹いて、カーテンが風をはらむ。
世界は自分とは関係なく穏やかに、しかし確実に時を刻み流れていく。




