魔法
ハヤトはオオカミの姿のまま口にチョークを咥えて円状の魔方陣を描く。
「錬金術の応用みたいなもんだ。もっとも、錬金術とは大昔に別れたが。」
魔方陣を描きながら、テレパシーのようなもので脳内に直接語りかけてくる。
「俺はこの世界とは別の世界の住人だ。互いの世界は密接に関係し合ってるから、言語とか、似たようなものが多くある。だからショウと同じ言葉で喋れている。」
俺はオオカミの姿に戻り、かなり大きめの魔方陣を描くハヤトを眺める。
「大きな違いは、俺のいる世界には空気中に魔力が存在すること。その魔力ってのは願いを形にする力があって、溜まりやすいネガティブな想いを形にしてしまう。それが昨日、ショウが見た影と呼ばれるもの。」
円を二重に、綺麗に描いた後、記号やら文字やらを描いていく。
「影は人のネガティブな想いを喰って大きくなったり、増殖したりする。人に、手っ取り早くネガティブな想いを起こさせるには、何が一番いいと思う?」
「……人を殺すこと?」
「――おしい。奴らは狙った獲物を生殺しにするんだ。人は無限に感情を起こすことができるからな。苦痛を与えれば人は憎悪し恐怖する。生殺しにされた人間はキノコの菌床みたいに奴らのエサ場になる。」
「なんでそんなものが存在するんだ……。」
「これには神話があるんだが、長いからまた別の機会にしよう。いや、もうこれ以上自分の世界と関わるのはやめたほうがいい。ショウの人生には全く必要のないことだ。」
ハヤトは作業を止めて俺の方を見る。
「どうだ?怖気づいたか?やめたいならやめていいんだぞ。もっとも、俺にはもう手はないがな……。この街にほかに力のある奴がいるなら紹介してくれ。」
「この街にはもういない……。俺がなんとかするしかないんだ、俺はやるよ。」
「そうか、なら計画はこのままだ。」
再びハヤトはチョークで魔方陣を描き始める。
「影を消滅させるのは昨日やった通りだが、万が一、影が俺や誰かに取り付いた場合、迷わずそいつを殺せ。今の魔力ではそいつを救うだけの力はない。」
「影は一体ずつ倒していけ。一度に二体以上の消滅を叶えられるだけの力があるか怪しい。」
魔方陣が描け終えたのか、チョークを魔方陣の外に吐き出すと、魔方陣の真ん中に座って目をつむる。
「これから俺の魂を取り出す。最初におまえと会った時は奇跡的にうまくいったが、もう制御できるだけの魔力は確保できない。魔方陣と呪文でなんとか制御して道を作るから、静かにしていてくれ。」
そう言ってハヤテは首を真っ直ぐ上に向け、静かに遠吠えする。
抑揚をつけ、太古の魔法を呼び出すかのように遠吠えを繰り返す。
それを聞いていると、言いようのない高揚感が自分の中に湧き出して、体が震える。
自分の体の中に眠っていたなにかが起きる、そんな気がした。




