第二の犯行
その後、花咲と別れた僕は風呂に入り、寝た。
もちろん、鍵をかけることは忘れない。
もしかしたら、狗神や榎本がおじいさんの両腕を切断したのかもしれない。
そう考えると鍵を掛けずにはいられなかった。
俺は台所から調達した刃物を持ち、ニヤリと笑う。
そして、一宮を呼ぶ。
「あら、どうしたの、こんな時間に?」
俺は刃物を背中に隠しながら、彼女の部屋に入った。
翌日。
「ふわぁああ。よく寝た」
昨日は早めに寝たせいか、目覚めは早い。
朝ごはんを食べに旅館内を移動する。
そして、一宮さんの部屋の前で間下さんがノックをしているのを見かけた。
「どうしたんですか?」
おじいさんを殺害した犯人候補だということは分かるが、イマイチ実感が持てない。
間下さんが答える。
「一宮のやつ、電話してもノックしても出て来ないんだ。いつもはもう起きている時間帯なのに」
素直に考えたことを言ってみる。
「寝坊じゃないですか?」
「うーん、そうかなぁ?」
僕は間下さんを置いて朝ごはんを食べに向かった。
女将さんは嬉しそうに報告してきた。
「警察。昼過ぎには来るそうです」
「良かったですね」
花咲は朝ごはんを食べながら同意する。
「そういえば、間下さんと一宮さんは?」
女将さんが二人について聞く。
僕は何気なく答えた。
「一宮さんが寝坊していて、間下さんが起こしに行ってます」
「そう」
結局、朝食に現れたのは間下さんだけだった。
そして昼。
警察がやって来て、僕らは事情聴取というものを受けた。
「警察の知り合いに聞いたんだけど、ナイフからは指紋は出てこなかったみたいだよ」
花咲は世間話をするように言った。
というか、警察に知り合いがいるって……いや、もう驚かない。
「ノコギリからはたくさんの指紋が出たらしい。まあ、当たり前だけどね」
「はぁ……?」
花咲は自分の推理の一部を警察に聞かせたと話した。
「ノコギリによる切断は間下さんがやったって話した。でも分からないな」
花咲は珍しく困惑顔になる。
普段笑っているようなこの人でも、こんな表情をするんだと感心してしまう。
「何がですか?」
「なぜ犯人は死体の両手、正確には肩からの両腕を切断したのか」
「捜査を混乱させるためじゃないんですか?」
「うーん、そうかなぁ?」
花咲は悩み顔だ。
外で事情聴取を受けた僕と花咲は旅館に戻ってきた。
何やら警察と女将さんが話しこんでいる。
僕と花咲は聞き耳をたてた。
「……一宮さん。まだ部屋から出て来ていないんですか?」
「……はい」
警察の人はマスターキーがあるかどうか女将さんに聞き、女将さんは首を横に振った。
「なら、仕方ないですね。強引にドアを開けさせてもらいます」
警察の人は何やら金属製の器具を持ち出してくると、一宮さんの部屋の前に来た。
「一宮さん。警察の者です。返事をして下さい」
返事は、ない。
「強引に入りますよ?」
沈黙。
それを肯定と受け取った警察の人は金属製の器具を使い、ドアを破壊した。
「あ……ぁ……」
花咲と僕は警察の人たちの後ろから部屋の内部を見てしまった。
「一宮さんが死んでるね」
花咲がつぶやく。
一宮さんは水溜りの上に倒れていた。
腹部からの出血が水溜りと混ざり合いかけている。
近くには空のマグカップが転がっていた。
「密室殺人、かな」
花咲のセリフがどこか遠くに聞こえた。
花咲と狗神、僕は談話室にいた。
榎本は今、事情聴取を受けている。
「大変なことになったねぇ」
花咲は我関せずといったふうにのんびりと言った。
「密室殺人ですか……」
狗神がDVDの事件と同じ『あの』狗神黒になる。
「花咲さん。現場の写真は撮りましたか?」
花咲は携帯電話を狗神に渡す。
「どうぞ。まあ僕は既に密室殺人の謎を解いたけど」
サラッと衝撃的な事を言う。
「警察には?」
「言わないよ。この部屋はそもそも最初は密室じゃなかったんだ。ヒントはそれだけ。手柄は狗神さんに譲るよ」
狗神と僕は狗神の部屋にやって来た。
「間取りは完全に同じです」
さて、どうしたものか。
「例えばさ。ロープで窓から脱出とかは?」
狗神は首を横に振る。
「女将さんに聞きました。離れに五メートルのロープが一本だけあるそうです。ですが、五メートルのロープでは七メートルの窓に届きません」
「じゃあ、シーツとかを破ってより合わせて七メートルにしたとか?」
また首を横に振られた。
「それも確認しました。現在無くなったシーツやロープ代わりになるものはないそうです」
迷宮入りだ。
分からない。
「マグカップに毒を盛ったとか?」
「毒で腹部に刺し傷が出来るの
ですか?」
今、ものすごい冷たい目をされた。
完全にバカにされている。
「じゃあ、どうすれば殺せるんだ」
考えこんでいると、花咲がやって来た。
「凶器はただいま捜索中だって、あと、鍵が一宮さんのベッドから見つかったみたいだよ」
そう言って花咲は部屋を出て行った。
しばらく経って狗神はつぶやいた。
「たった一つだけ、この密室を解く方法を思いつきました」
談話室。
そこには警察の人たち、狗神、僕、榎本、花咲、間下、女将さんたちが集まっていた。
狗神が口を開く。
「謎は全て解けました」
「ほう」
警察の人たちが反応する。
「その前に確認します。女将さん。合鍵などはありませんね?」
「ええ」
狗神は警察の人たちの方を向く。
「凶器も、まだ発見されていませんね?」
警察の人たちの一人が答える。
「ああ、そうだが」
狗神は目を閉じた。
そして、開く。
『あの』狗神だ。
「まず最初に言います。二人を殺害したのは間下さん。あなたです」
間下さんが驚く。
「警察の方はあの老人の殺害については花咲さんから説明を受けたと思います。花咲さん、皆さんにもう一度説明してあげて下さい」
「え~、面倒だなぁ」
怠そうに花咲はみんなにノコギリの切断のこと以外を説明した。
「……以上で、老人の殺害候補が間下さん一人に絞られました。そして、今から密室殺人を私と花咲で再現します」
みんなで狗神の部屋に行く。
「まず、凶器をもった間下さんが部屋に入ります」
タオルで覆われた凶器を花咲が背中に隠し、狗神の部屋に入る。
「そして、凶器で刺します」
花咲がタオルを取る。
現れたのは先端が尖った氷だった。
花咲が言う。
「台所の冷蔵庫で作ったんだ」
警察の人たちの一人が反論する。
「だが、氷をどうやって尖らせる?」
狗神は離れにあった彫刻刀を取り出した。
「これを使いました」