嵐
翌日、目が覚めた僕は何か慌ただしい雰囲気なのに気付いた。
「ああ、外が嵐なのか」
台風が来ると昨日のニュースで放送していた。
だからなのだろうか?
妙な胸さわぎがする。
ドンドンドン。
ドアが激しく叩かれる。
「はい。今開けます……え?!」
ドアの向こう側では狗神と榎本が暗い顔で立っていた。
「遥。ちょっと来てくれるかな?」
旅館。談話室。
「皆さんに悲しいお知らせがあります」
女将さんがみんな、つまり僕を含めた七人の客と料理人、お手伝いさんを集めて言った。
「あの、おじいさんは? あの人は呼ばないんですか?」
「そのことについても話します」
女将さんはまず、台風で土砂崩れが起き、この旅館までの一本道が封鎖されたことを話した。
「再び通れるようになるまで、あと一日以上かかるそうです」
「そう……ですか」
「それと……ついて来て下さい」
女将さんがみんなを連れて離れに向かった。
「中を、見て下さい」
建物の内部に入る。
途端にむわっと鉄、いや血の匂いが広がった。
「……あぁ」
そこにあったのは、両腕を肩から切断されたおじいさんの死体だった。
ナイフが左下から右胸に刺さっている。
おそらく、死因はこれだろう。
すぐそばに、血塗れのノコギリが落ちている。
カップルの男性がそれを左手で拾いあげた。
「死体に酷いことしやがる」
女将さんが大声を出す。
「間下さん! 犯人の指紋がついているかもしれないので、触るのを止めてもらえますか?」
間下と呼ばれたカップルの男性は分かったと言い、ノコギリを元の場所に戻す。
再び旅館に戻る。
女将さんが念を押す。
「……というわけです。皆さん。警察が来るまであまり軽率な行動はしないで下さい」
「でもさ」
ピアスくんが口を開く。
「犯人が逃げるにしても旅館までの一本道は使えない。なら、犯人はこの中にいるんじゃないかな」
狗神も頷く。
「私も同感です。犯人はこの中にいると思います」
ピアスくんがうんうんと頷く。
狗神もそうだが、ピアスくんも平然とし過ぎている。
僕や榎本はさっきから意識を保つのに一生懸命だというのに。
「じゃあ、まず自己紹介でもしようか」
ピアスくんが手をあげる。
「花咲昴。ごく普通の高校生だよ」
カップルの男性が口を開く。
「俺は間下一琉だ。大学生だ」
続いてカップルの女性が自己紹介した。
「私は一宮誠。同じく大学生よ」
狗神が自己紹介する。
「狗神黒です。高校生です」
「わたしは榎本紗江。同じく高校生」
視線が僕に集まる。
「僕は春日野遥。同じく高校生です」
自己紹介し終わったところで女将さん、料理人さん、お手伝いさんが居ないのに気付く。
「あの、女将さんたちは?」
その質問に花咲が答えた。
「女将さんたちは朝ごはんを作っているよ」
「そう……ですか」
あんなのを見せられた後では食欲はあまり起きない。
だが、食べよう。
こんな時こそ、狗神のような精神面でのタフさが羨ましい。
花咲が皆に質問する。
「最初にあの人の死体を発見したのは誰かな?」
榎本と狗神が手を上げた。
狗神が言う。
「私が榎本さんを連れて絵を描きに行った時には既に死んでいました」
「ふーん」
狗神が榎本を連れて?
狗神らしからぬ行動に、僕は首を傾げた。
榎本が続きを言う。
「わたしが遥に、木彫りの人形を作って渡したいって言ったの」
なるほど、それでなのか。
「なるほど、で、発見した時刻は?」
花咲はまるで探偵のように聞く。
自己紹介でごく普通の高校生なんていうやつは大抵何かを隠している。
「午前五時二十分です」
狗神はスラスラと答える。
「その時刻は正確かい?」
「はい。榎本さんの携帯で確認しましたから」
そういえば、狗神は携帯電話を持っていないのだろうか?
僕は狗神が携帯電話を使っているところを見たことがない。
「最後にあの人と会ったのは誰かな?」
今度は僕と狗神が手を上げる番だった。
「私たちです。時刻は二十三時ジャストです」
なるほど。
花咲はそうつぶやき、何かをメモしている。
横からそれを覗いてみる。
前日二十三時から午前五時二十分の間に殺害される。
動機は不明。
凶器はナイフによる刺殺かまたはノコギリによる肩部切断による失血死。
「花咲ってもしかして探偵?」
戯けてそう言ってみる。
花咲は目を見開いた。
「なんで分かったんだい」
花咲は頭をかきながら白状する。
「僕は探偵なんだ。白浜高校に通っているけど、現在休学中。一応一年生だけど、来年で十八歳になる」
白浜高校か。
「それって、僕らと同じ高校ですよ」
花咲は本当? と狗神と榎本に聞く。
「ええ」
「はい」
花咲はブツブツと独り言を言い始めた。
「……急いで復学しなくては……いや……でも……」
「あの」
女将さんがやって来た。
そして、朝ごはんが出来たことを告げた。
「とりあえず、榎本、狗神。ごはんを食べてから今後のことを話そう」
二人は同意し、朝食を食べに談話室を出た。
俺は殺人に美学を持っている。
そのうちの一つが、殺人とは常に何かの手段であるということだ。
殺人に無駄があってはならないし、全てのことには理由がある。
「美味しかった」
「そうですね」
狗神と榎本は料理を全部平らげた。
しかし、僕はあまり食欲がなく、半分以上残してしまった。
「すみません。なんだか食欲なくて」
「いいのよ。あんなことがあったばかりだし」
女将さんは笑っていたが、僕はそれがカラ元気だと気付いてしまう。
当たり前か。
客が両腕を切断された死体になったのだ。
動揺もするだろう。
「じゃあ、僕たちは談話室に行きますね」
狗神は僕らと途中で別れた。
「私は、絵を完成させたいから」
だそうだ。
その図太い神経は真似出来そうにない。
「榎本。カードゲームでもする?」
トランプを出しながら、僕は榎本を見た。
「わたしはダウトがいいな」
「ダウトか。二人で出来るかな?」
ダウトのルールを思い出していると、花咲がやって来た。
「なんですか? 花咲先輩」
花咲は先輩付けはいいよ、と言ってからダウトをやりたそうにじーっと見つめてくる。
それに耐えられず、僕は花咲をダウトに誘った。
「花咲くん。ダウト、する?」
「え、いいの!?」
花咲はくん付けもいいよ、と言ってトランプをシャッフルし始めた。