回想
僕と榎本は幼少時、親に虐待されていた。
「榎本。大丈夫?」
「遥の方が酷い怪我をしているじゃない!」
僕の父は病院の院長で、母はその病院に勤めている看護師だった。
榎本は今でこそ両親とまともにやり合っているが、小さい頃は両親の暴力になす術も無かった。
それは僕も同じで、両親からの虐待で生死の境をさまよったこともある。
だが、医者の父はその死ぬギリギリのラインを知っていて、僕に死ぬことを許さなかった。
そんなとき、僕と榎本はコノハに出会った。
「やぁ」
第一声がこれだった。
コノハは木の下の木陰でクロスワードをスラスラと解きながら、僕たちを見た。
「虐待されているね。それに食事もあまり食べてなさそうだ。僕の家においで」
僕と榎本はコノハについて行った。
明らかに怪しいけれど、コノハは優しい人だと思えたからだ。
「どうぞ」
家に着いたコノハはドーナツを出してきた。
僕は他人が食べるのを見たことはあっても、実際に食べるのは初めてだった。
「ん? 毒は入ってないよ」
「……いいの?」
尋ねる。
「どうぞって僕は言ったんだけどな。ドーナツは嫌い?」
「いえ。食べたことがないので」
コノハがドーナツを一つ手に取り、食べた。
「うん。美味しい。君たちもどうぞ」
「「いただきます」」
僕と榎本はドーナツに文字通りかぶりついた。
「美味しい!」
榎本が笑顔になる。
それを見ていたコノハは嬉しそうな顔をした。
「毎日ここに来てもいいよ。でも、僕からも一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
僕は首を傾げる。
「そう……」
あの時、コノハはなんて言ったのだろう。
それが、思い出せない。
それから僕と榎本は毎日のようにコノハの家に向かった。
コノハは料理が得意らしく、毎回違う美味しい料理を用意して待っていた。
「君に僕の全てを託そう」
それは僕に言ったのか、榎本に言ったのか分からない。
ただ、その日からの記憶が曖昧だ。
そして、ある日榎本と僕はコノハに別々の二つの粉末状の薬剤を渡された。
「遥くんのお父さんは牡蠣、お母さんはカニが食べられないんだってね」
「うん」
そんな話をした気がする。
榎本にもコノハは似た話をした。
「本当に両親に復讐したいなら、それを二人のお茶に入れるんだ。こっちがお父さん。こっちがお母さんだよ」
結論から言えば、僕は薬剤をお茶に入れ、榎本は入れなかった。
「どうだい?」
コノハは最初に会ったときと同じ木の下で聞いた。
「両親はアナフィラキシーショックで死にました」
僕はどんな表情で言ったのだろうか?
きっと、笑顔だった。と思う。
後になって知ったが、薬剤はカニと牡蠣の成分を粉末化したものだった。
それを摂取した両親はアナフィラキシーショックで死んだというわけだ。
アナフィラキシーショックとは、命に関わるタイプのアレルギーだ。
呼吸困難になり、両親は死んだ。
榎本の両親は、死ななかった。
「ねぇ、コノハは殺人鬼なの?」
榎本は無邪気に聞く。
まだ、その言葉の意味すら知らないのに。
「うん。そうだよ」
コノハは僕に向かって言った。
「君に魔法をかけた。でも、いつ魔法が発動するかは分からない」
でも、やるべきことは全てやった。
コノハはクロスワードを破り捨てた。
「さぁ、君たちは帰りなさい」
その翌日。
コノハはふらりとどこかに引っ越し、僕は心葉の魔法にかかった。




