旅行
金曜日。
僕は着替えを用意して登校した。
カバンが重い。
僕はノート以外は学校に置いているので、ゲーム機以外で重いものをカバンに入れたことはない。
それに、ノートも自宅で授業を思い出しながら適当に書いているだけなので、実際にはいつもカバンにゲーム機以外はない。
だが、今日は旅行の日だ。
だから、仕方なく着替えを入れてきた。
狗神と榎本は一旦家に帰ってから着替えなどを持ってくるようで、カバンはいつも通りだ。
「おはようございます」
「おはよう」
狗神とあいさつをする。
狗神はいつも黒い本を持っているが、中身はなんなんだろう?
「おはよー、遥」
「はよー」
榎本は僕らに念を押す。
「今日、七時だからね」
「分かっている」
「はい。分かりました」
放課後。
「さぁて、行きますか」
私服の榎本がバス停にやって来た。
普段見ない私服は新鮮だった。
それと、言い忘れていたが、旅行先まではバスと電車で行くのだ。
「遅れてすみません」
狗神もやって来た。
狗神は、なんて言えば言いのだろう。
ラフな服装としか言いようがない。
普段、あの黒い制服を見慣れているせいかどうしても違和感がつきまとう。
「どうかしましたか?」
狗神が首を傾げた。
「いや、なんでもないよ」
榎本がリュックサックを狗神に押し付ける。
そう言えば、榎本はイジメっ子だった。
「荷物持ち」
「はい、分かりました」
狗神は特に嫌がる様子もなく、リュックサックを受け取る。
ちなみに、狗神はスーツケースだ。
「お、バスが来たみたい。乗ろう」
榎本を先頭にして三人で乗る。
バス内は空席が目立ち、他の客は三人しかいない。
三人バラバラに座る。
僕は前側の席に。
狗神は一番後ろに。
榎本は中間の席に、それぞれ座った。
ふと、客の一人が立ち上がると、榎本に話しかけてきた。
年齢は高校生くらいだろうか?
ブラウンに染めた髪と耳に開けたピアスでなんとなく遊んでいる風に見える。
「キミ可愛いね。どこの高校?」
榎本の返事は簡潔でいつも通りだった。
「ウザい。死ね。話しかけるな」
「うっ」
ピアスくんは一瞬たじろぎ、諦めたかのように自分が元いた席に戻る。
ドアが閉まり、バスが発車する。
僕は昨日ゲームを徹夜でやっていたせいか、睡魔が襲ってきた。
「ふわぁあ」
後ろに座っている榎本にメールする。
内容はバスが着いたら起こしてくれるように、だ。
榎本は分かったと返信してきた。
これで、心置きなく眠れる。
そう考えた僕は、睡魔に負け、眠りについた。
俺は人間が好きだ。
特に気に入った人間は殺したくなる。
世間一般では殺人鬼と言うらしいが、俺はそれは違うと思う。
愛だ。
死体にすることによってその人の一番輝いている瞬間を切り取る。
だから、殺す。
俺の名前は、コノハ。
「か……はる……」
名前を呼ばれる。
今、ラザニアを食べている夢を見ていたのに、起こそうとするのは誰だ?
「バスが着いたよ」
榎本がみぞおちを蹴る。
痛みで意識が覚醒する。
「ひ、酷くない?」
榎本は僕の手を引いてバスから出る。
「起きない方が悪い」
確かに、起こしてくれるように頼んだのは僕だ。
起こし方を指定しなかった僕にも非がある。
「ごめん。次は電車だっけ?」
榎本は頷き、狗神にお金を渡す。
「駅弁。美味しそうなやつ買って来て」
狗神はスーツケースとリュックサックを置くと、小走りに走り出していった。
「狗神っていい子だね」
榎本は同意するかと思いきや、グーで僕の腹部を一撃殴る動作をする。
しかし、腹部に当たる寸前で手を引いた。
「狗神のこと、あんまり褒めないで」
「なんで?」
榎本はうつむく。
「だって…………なんだから……」
小声でよく聞こえなかった。
「なに? 聞こえなかったけど」
「なんでもないよ」
詳しく聞こうとした時、タイミングよく狗神が駅弁を持って帰ってきた。
「焼肉弁当です」
駅弁を手に、僕たちは電車に乗る。
なぜかピアスくんも同じ電車に乗って来た。
電車が発車する。
「そう言えば榎本?」
「ん、なに?」
榎本は駅弁を食べながら返事をする。
「向こうに着いたら晩ご飯が用意してあったり、しない?」
榎本は黙る。
しばらく旅行先のパンフレットらしきものとにらめっこして、首を横に振った。
「今日は晩ご飯はないみたい。山の中の小さな旅館だから。観光名所は豊かな自然だって」
「へぇ~」
時刻が八時を過ぎた頃、僕たちは電車から降りた。
「ふぅ~、疲れた~」
榎本は早く早くと僕たちを急かす。
「なんで急ぐの?」
榎本はパンフレットを見ながら言った。
「これからバスに乗るんだけど、
バスが一日二回しか来ないの。朝と夜。だから早く移動して」
「だってさ、狗神、そのスーツケース重そうだから持とうか?」
狗神は首を横に振る。
否定と受け取り、僕はカバンを手にバス停に急いだ。
「危ない危ない。僕もバスに乗り遅れるところだった」
何故かピアスくんがついてくる。
榎本がピアスくんの方を向く。
「ストーカー規制法って知ってる?」
ピアスくんは榎本と同じパンフレットを取り出して見せた。
「僕もくじ引きに当たったんだ。だから……」
榎本ははぁ、と嘆息する。
「行こう。狗神、遥」
「はい」
「分かった」
バス停に着く。
逢魔が時を過ぎ、太陽は既に地平線に落ちている。
「狗神、聞きたいことがあるんだけど?」
ポケットからゲーム機を出しながら狗神に聞く。
「なんでしょう?」
ゲームでモンスターを狩りながら、僕は器用に狗神の持っている黒い本を指差す。
「その本って何が書いてあるの?」
「秘密です」
狗神との会話はそれで途切れた。
別に僕には狗神に他に聞くことはないし、狗神も僕に聞くことがないからだろう。
「バスが来たよ」
榎本がリュックサックを背負う。
確かにバスのライトが遠くに見える。
「ふわぁあ。来た?」
ピアスくんがあくびを噛み殺して椅子代わりにしていたスーツケースを持つ。
「さて、行こっか」
バスに乗り、目指すのは山の中ほどにあるこじんまりとした旅館だ。
そう考えた時、僕は期待と不安に襲われた。
この時、引き返していれば、何も知らずに普通の生活を送れたのかもしれない。
まあ、今更悔やんでも後の祭りだが。