学校の怪談
遥争奪戦、開始。
夏休み。
登校日。
「さて、皆さんお集まりのところ申し訳ありませんが、夏休み補習は無くなりました」
校長先生がマイクで増幅された音声で生徒たちに伝える。
「ぶっちゃけ、教授曰く、『夏休みは先生も休みたいんだよ』という本音があってだね……」
ゲーム機でゲームをプレイしながら僕はふわぁあ、とあくびをした。
校長先生……ぶっちゃけ過ぎだ。
「……ということで『ドキッ! 夏休みの一泊二日肝試し』を開始します!」
「また校長の悪ふざけが始まった……」
狗神がワケが分からないといった表情を浮かべた。
「本来なら一泊二日の泊まり込みでの補習を、肝試しにするなんてこの学校くらいだよ」
そう言うと再びゲームをやり始める。
「なお。肝試しで勝利したチームには春日野遥くんを一日自由にできる権利を贈呈します」
オイまてそこの校長!
僕を自由にできる権利ってなんだよ!?
勝手に人を賞品にするな!
「春日野くんは現在狗神さんと付き合っているらしいけど、既成事実さえ作っちゃえば寝取ることも可能かも?」
かも? じゃない!
僕が校長に抗議しようとすると、一斉に女子たちがキャーキャーと黄色い声をあげ始めた。
「遥」
「なに、花咲?」
花咲はえへへと笑った。
「髪型。ピエロ事件のときから変えてないよ」
そうか!
注目されるのが嫌で今までは地味な格好をしていたが、狗神に告白してからは派手な格好になっていた。
女子の注目を浴びても仕方ない。
「では、夜の春日野遥争奪戦をお楽しみに」
校長はそう言うと、段から降りた。
「あの校長……いつか殺る」
僕が闇討ちをたくらんでいると、花咲がのほほんとした声で言った。
「まあ、遥が勝てばいいんじゃない?」
そうだ。
僕が勝てばいいんだ。
勝てば……。
俺は面白いことになったと思った。
今回は殺しもなさそうだから、俺の出番はないな。
殺人鬼なら家の冷蔵庫で生肉刺して寝ていればいいのだ。
わざわざ面倒な殺人をする理由はない。
そんな面倒なことをするやつがいたら、そいつは狂っている。
「昼ごはんはカレーか。ベタだね」
「文句があるなら食べなくていいよ」
学校の調理室で僕たちは料理を作っていた。
建前上、学校で勉強するのが目的なので……なぜか購買は休みだ。
「来ヶ谷のクラスの料理を食べてこよ~っと」
花咲が来ヶ谷のクラスの料理担当者と話をしている。
「花咲を知らない? 泊まりの準備から逃げ出したんだけど?」
花咲を探しにきた男子のクラスメイトに対して無言で花咲の方を指差した。
「できるかぎりこき使ってね」
男子のクラスメイトはオッケーと言った。
食べ物の恨みは恐いのだ。
「さて、と」
カレーに隠し味で秘密の調味料を加えようとしたら、榎本が来た。
「こっちの作業は終わったよ」
こっちの作業とは夜の肝試しの仕掛けのことだ。
各クラスが仕掛けをして、お札を隠す。
全部のお札を探して最初に帰ってきた人の勝ち。
スピードが勝負だ。
「いい匂い」
僕が作ったのはフルーツが入ったフルーツカレーだ。
「美味しい」
榎本が勝手に試食する。
その顔が美味しそうで、僕はとても嬉しかった。
笑顔のまま、榎本は言った。
「ねぇ、遥。わたし、狗神と遥の交際を絶対に認めないから」
…………え?
「じゃあ、わたしは花咲の手伝いに行くね」
榎本は去っていった。
「どうしたんですか?」
狗神が尋ねた。
全ての準備が終わり、僕らは夕食を教室で食べていた。
「うん。ちょっとね」
榎本の笑顔が忘れられない。
絶対に認めない……か。
「僕はいったいどうしたら……」
ぽむ。
狗神がいきなり抱きしめてきた。
「一度しか言いません」
「あ、あう、あ……」
言葉が出ない。
こういうときは素数を数えるんだ。
ダメだ。頭が真っ白でなにも思いつかない。
「狗神……」
「大好きです。だから……負けないでください」
狗神が僕を解放する。
心臓がバクバクと音をたてているのが分かる。
「狗神、僕は」
なんて言えばいい?
僕は、分からない。
勉強ができても、頭が良くても、こういうときどうすれば分からない。
でも……。
「勝つよ。狗神」
その頃。
「はぁ……はぁ……」
彼は走っていた。
警察から逃げるために。
「殺してやる。殺してやる」
彼は殺人鬼。




