横断歩道の殺人者
俺と宮川は買い物に来ていた。
宮川は引っ越したばかりでまだ最低限の家具しかないからだ。
「なんか。こうしてるとデートみたいだね~」
宮川が腕を組んでくる。
暑い。
重い。
うざったい。
「で、なにを買うん……」
宮川が女性とぶつかった。
「ごめんなさい」
宮川が謝る。
「いえ。わたし、あまり目が見えませんから。こちらこそすいません」
女性は謝ると歩き出した。
青信号のピユピユという音がなり、女性は歩き出した。
「あの人。目があまり見えないのにヘッドホンをしてたな」
耳が聴こえなくなったら大変なのに。
変なやつ。
「え。あれって飾りじゃないの!? だってコードがないよ」
宮川が驚く。
「Bluetoothのヘッドホンだ」
俺は宮川にBluetoothについて説明した。
Bluetoothとは、携帯情報機器などで数m程度の機器間接続に使われる短距離無線通信技術の一つだ。ノートパソコンやPDA、携帯電話および周辺機器などをケーブルを使わずに接続し、音声やデータをやりとりすることができる。元々スウェーデンのEricsson社が開発した技術を元に、同社とIBM社、Intel社、Nokia社、東芝などが中心となって設立されたBluetooth SIGが仕様策定や普及を推進している。IEEEによってIEEE 802.15.1として標準化されている。
Bluetoothは、免許なしで自由に使うことのできる2.45GHz帯の電波を利用し、最高24Mbpsの速度で通信を行うことができる。Bluetoothは赤外線を利用するIrDAと違って、無線を利用するため機器間の距離が10m以内であれば障害物があっても利用することができる。また、Bluetoothは0.5平方インチの小型のトランシーバを利用するため、IrDAに比べ消費電力が小さく、製造コストも低く抑えられる。
Bluetoothは様々な用途で利用されることを想定し、用途や機器によって実装すべき機能やプロトコルを「Bluetoothプロファイル」として個別に策定している。コンピュータにマウスやキーボードを接続するためのHID(Human Interface Device Profile)や、プリンタにデータを送信して印刷させるためのBPP(Basic Printer Profile)、機器間で無線ネットワークを構築するPAN(Personal Area Network Profile)、携帯電話などでヘッドセット(イヤホンマイク)を接続するためのHSP(Headset Profile)などがある。
「ERプログラムで習ったはずだが?」
宮川はあー、となにか思い出したように言った。
「覚えてます。覚えてます。えー、あれだよね。うん」
覚えてないな。こいつ。
「まー、そんなことより買い物に行きましょう」
宮川に連れられ、俺は買い物を始めた。
「コノハ。この服とかどうですか?」
宮川が試着コーナーで着替えて出て来た。
フリフリのついたネグリジェのような服だ。
「胸以外はサイズが合っているな」
宮川はガーンという擬音が聞こえそうなほど落ち込んだ。
「大丈夫だ宮川。胸以外はサイズが合っている。胸以外は」
「うわーん。コノハがいじめる~」
宮川は半泣きで試着室に逃げ込んだ。
俺は適当に宮川に合う服を探すと、上から試着室に放り込んだ。
「痛っ!」
「あ、ごめん」
宮川はしばらくして俺が選んだ服を着てきた。
「どう。ですか?」
赤いTシャツにジーパン。
そして、夏用マフラーを首に巻いている。
「いいんじゃないか?」
宮川はじゃあ、と俺を試着室に連れ込んだ。
「わたしがコノハの服を選んであげます」
「さて、買い物も済ませたし、帰るか……」
帰り道で俺と宮川が話していると、赤信号なのにふらふらと横断歩道をあるいている女性がいた。
「今朝ぶつかった人だね」
宮川は女性を助けようとしない。
俺も、女性を助けようと動かない。
理由は単純だ。
昼メシを食べたばかりで動きたくない。
「あ……轢かれた」
女性はトラックに轢かれた。
あっさりと死んだ。
さて。
「ちょっとそこのモブキャラくん。警察に行こうか」
横断歩道の向こう側でスマートフォンを弄っていた男性の両手を近くにあったガムテープで縛り、連れてきた。
「さて、宮川。問題だ。警察が来るまでに解け。どうやってさっきの女性をこいつが殺したと思う?」
男性が顔色を変えて抗議するが、無視する。
「コノハは分かっているの?」
ああ。
ここまでにヒントは出し尽くした。
「あ。こいつの携帯電話もヒントだ」
宮川が男性のスマートフォンを操作する。
「直前までミュージックを聴いていた?」
宮川がミュージックを流す。
「分かった」
宮川が分かったと手を上げる。
「宮川。言ってみろ」
宮川はスマートフォンの音楽を流す。
パッポーパッポー。
横断歩道の青信号の音が鳴る。
「横断歩道では縦横で音が違います。だから視力が弱い人でも安全に渡ることができます。これを利用して」
宮川が死んだ女性のヘッドホンを見た。
「彼女は視覚障害者で、横断歩道の音で東西南北を感じていた。彼女の耳にBluetooth対応のヘッドフォンを渡し、信号が赤になった瞬間、一瞬音が消えるのを利用して青信号の音を携帯電話のBluetoothで流す。これで勘違いして渡って死ぬ」
説明がちょっと変だな。
だが、大筋は合っている。
「採点するなら七点だな」
もちろん百点満点で。
宮川が向こう側を見た。
パトカーがやって来ていた。
「警察か。俺は帰る」
「なんで?」
宮川の問いに嫌々答える。
「だって、パトカーの音が嫌いだから」
僕と狗神は今日、デートをしていた。
「狗神。この服とか可愛くない?」
狗神はその服を持って試着室に入った。
「どう……ですか?」
狗神の服装はピンクと白を基調にしたいわゆるゆるふわ系の服だ。
「やっぱり落ち着きません」
狗神は生地の薄いコートのようなものを上から着た。
「夏用です」
僕の服はすでに買ってある。
オレンジ色のシャツに黒いフード付きの服だ。前のボタンは外してあり、シャツが見えるようになっている。
「あ、花咲だ」
一瞬花咲だと気づかなかった。
花咲は髪を金色に染めており、白いシャツにモスグリーンのズボンを履いている。
ピアスも新調されているらしく鈍色に光っている。
「お、遥と狗神さんじゃん。デート?」
花咲はこっちにやって来た。
「花咲。髪を染めたんだ?」
「うん。似合う?」
髪を染めたら地肌がいたむんじゃないか?
そんな考えが一瞬頭をよぎった。
「狗神さん可愛いね。遥が選んだの?」
狗神ははい、と答えた。
「遥。ちょっと……」
花咲がトイレに僕を連れてきた。
「二股はいけないと思うんだが? どう思う?」
二股?
なんのことだ?
「昨日。遠目だがお前と女の子が歩いているのを見かけた」
昨日。
昨日は午後から逢魔さんの新しい日傘を一緒に買いに行っていた。
「逢魔さんと日傘を買いに行っていたんだよ。二股じゃない」
花咲はならいい、と僕を解放した。
「男の子同士の秘密の会話ですか?」
狗神がそう聞いてくる。
「うん。そう。秘密の会話」
その日のデートは楽しかった。




