復讐鬼間下
これは夏休みに起きたある嘘つきの話。
夏休み。
狗神と榎本、花咲と僕が夏休みの宿題を僕の家でしていると、花咲がボソッと言った。
「間下さんが脱獄してこの前の旅館の女将さんたちを殺したんだって」
え!?
驚いてシャーペンに力を込めてしまい芯を折ってしまう。
「間下さんが!?」
花咲は笑っていた。
「どうしたの?」
榎本と狗神はキョトンとしている。
人が殺されたのに狗神たちが無反応なのが恐くて、僕は引きつった笑みを浮かべる。
「え……いや……別に」
たまに、狗神たちが僕とは別の人種のような気がする。
まるで、言葉も文化も違う外国人と話している気分だ。
「でさ。間下さんのメッセージが旅館にあった」
狗神が質問する。
「なんて書いてあったんですか?」
「俺は殺してない。だからあの場所にいた全員を殺せば一宮の復讐ができる」
「うわ。最低」
榎本がつぶやく。
僕も同意見だ。
他人を殺しても虚しくなるだけだ。
「だから、さ。エサを用意した」
エサ?
僕は聞き返した。
「昼間さんって知っているよね?」
ああ。
あのピエロ事件の刑事さんか。
「彼に頼んで僕らがここにいることを間下さんに伝えた」
どうやって?
それを聞くのはなんだか馬鹿な気がした。
花咲のことだ。
全て計算して行動しているのだろう。
「で、さっき彼から不審者がこっちに向かっているとメールが来た」
花咲が携帯電話の画面を見せる。
「警察が来るまで十分」
それまで持ちこたえればいい。
その瞬間。
ガン!
ガンガン!
玄関のドアから激しく金属音がし始めた。
「さて、どうする」
間下か。
俺は心の中だけでニヤリとする。
間下は結局殺しそこねた。
だから、今度こそ殺す。
いや、やっぱり……。
「出て来いガキども! いるのは分かっている!」
はいはい。
そう花咲は言ってドアの前に立つ。
その途端、ドアの鍵が壊れ、ドアが開く。
「別人だね」
花咲に同意だ。
目の下にはくまができていて、白髪が増えている。
見た目は四十代だ。
「殺す! 殺す!」
間下さんは手にしたバールを振り上げる。
花咲が間下さんに接近して肉弾戦にしようとするが、バールに阻まれ近付けない。
「まずはお前だ!」
花咲を諦めた間下さんは僕を狙ってくる。
「危ない!」
花咲が僕をかばい、バールを頭に喰らう。
軽めの一撃なので血は出ていないが、花咲が気絶した。
「次はお前だ!」
狗神が間下さんに組みつく。
「春日野さん! 榎本さん! 逃げてください!」
僕は狗神を助けようとして、気を失った。
俺は用意していたアンモニアを染み込ませたハンカチをとなりにいたやつに嗅がせる。
やつはアンモニアを嗅がされたため、十秒ほど大脳皮質が人間を知覚できなくなる。
つまり気絶に似ている。
手袋を素早く付けた俺は間下を持っていたナイフで刺そうとする。
狗神からは角度的に俺は見えない。
俺は間下の心臓を狙い、刺す。
「ぐ……」
間下にささやく。
「……いいこと教えてやるよ。一宮を殺したのは、俺だ」
「はっ……!?」
僕は覚醒した。
間下さんが何時の間にか刺されている。
榎本も同じく呆然としている。
「いったいなにが?」
狗神は間下さんから離れた。
「誰が間下さんを殺したんですか?」
榎本は首を横に振る。
「わたしじゃない。わたし、なにか気付いたら間下が刺されていて」
「春日野さんは?」
僕は沈黙する。
間下さんに刺さっているナイフにも見覚えがないし、気付いたら間下さんが刺されていた。
「僕でもない……と思う」
榎本が床に崩れ落ちた間下さんを玄関に引きずって移動させる。
「血がつきますよ」
狗神が忠告する。
「大丈夫。手袋を付けているから」
榎本がタクシーの運転手が付けていそうな白い手袋を見せる。
「勉強してたとき、手袋を付けてたっけ?」
狗神は覚えていません、と言った。
「さて、間下さんも撃退したし、警察を待つか」
「そうですね」
狗神はどこか不思議そうな声で言った。
「いやー、災難だったな」
昼間さんが開口一番そう言った。
「僕たち、間下さんを殺したかもしれないんですけど……」
言いづらいが、言った。
やっぱり捕まるのか?
でも、誰が殺したかは分からないんだ。
捕まえようがない。
「大丈夫。正当防衛と法律で軽く事情聴取を受けるだけだ」
昼間さんはだから、と僕の肩に手を回してきた。
「まあ、警察署でカツ丼でも食いながら話してもらおうか」
警察署。
「カツ丼は自腹だったんだぞ」
昼間さんは四人分のカツ丼を僕たちに渡しながら言った。
「で、誰が殺った?」
直球で聞いてきた。
「たぶん。僕か榎本です」
たぶん?
昼間さんが詳しく説明しろと言ってきた。
「僕と榎本は頭が真っ白だったんです。理由は分からないけど」
花咲がいや、嘘だね、とハンカチを取り出してきた。
「これが遥の家の玄関に落ちていた」
花柄のハンカチはいかにも女性のものっぽい。
「匂いを嗅いでみて」
匂いを嗅ぐ。
強烈な匂いに頭がクラクラする。
「これはアンモニアだ。アンモニアを嗅がされた人は、十秒ほど大脳皮質が人間を知覚できなくなり、見ている人が突然消えたように見える」
花咲はつまり、と言った。
「片方は嘘をついているよ」
花咲が僕を見る。
そうだね。
まだ、榎本を裏切った償いをしていなかったね。
「僕のハンカチです」
昼間さんは本当か?
その問いに『はい』と答える。
「僕が間下さんを殺しました」
結局。僕が昼間さんから解放されたのは深夜だった。




