消える死体とピエロ
六月。
テストも終わり、宮川も転校してから数日が経っていた。
宮川はERプログラムを五月のうちに終わらせ、転校してきたのだ。
正確には入学か?
宮川は僕と同じマンションの809号室に住んでいる。
せっかくなので江迎の料理を二人で食べたり、江迎が毒を盛りかけたことがあったが、まあ、最後は宮川は僕のことを恋愛対象として見ていないという宮川の一言で丸く収まった。
昼休み。
「サーカスが来るんだって」
榎本が狗神が買ってきた惣菜パンを食べながら言った。
「へぇ」
僕は狗神がチーズバーガーをもふもふ食べているのを眺めながら答えた。
僕は狗神黒のことが好きだ。
でも、言い出せないでいる。
この関係が崩れてしまうのが、怖い。
でも、いつかは言わなくてはならないと思う。
だから僕は、サーカスが学校に来る日、狗神に告白することを決意した。
サーカス当日。
朝。
僕は自分の部屋で起きた。
最近、嘘をつく悪癖がなくなり始めているのを感じている。
認めたくないが、狗神や花咲に出会ってから僕は変わり始めている。
「よし、今日は狗神に告白するぞ!」
僕はそう言って支度を開始した。
「さて、行くか」
僕は、隣りに住んでいる宮川を起こす。
「宮川~、朝だよ」
宮川の家に入る。
鍵は、かけていない。
理由は知らないが、まぁ、宮川は放置しておくと昼過ぎまで寝ていたことがあったので、僕は毎日起こしている。
「宮川。朝だよ」
「ふみゃあ。朝?」
宮川は寝ぼけたまま、パジャマ姿で立つ。
「はい、着替え」
着替えを用意して部屋を出る。
僕に着替えを覗く趣味はない。
トースターでトーストを作り、バターを塗る。
「おはよー、春日野くん」
ようやく頭がはっきりしてきた宮川にトーストを渡す。
「ありがと」
僕はいつもなら宮川と朝食を食べるのだが、今日は特別な日だ。
だから、食べてきた。
「あれ? 春日野くんがなんかかっこいい?」
髪型を変えたからだろうか?
宮川がそんなことを言った。
左目を隠すように前髪をちょっといじったのだ。
それ以外に、日常的にカラーコンタクトと黒髪染めもしているが、まあ今は関係ない。
左目を眼帯で隠しているのは宮川も同じだ。
理由を聞いたところ、
「私は中二病なんだよ」
だそうだ。
ちなみに僕は左目を隠した方がかっこいいらしい。
前に一回だけこの髪型にしたことがあるが、女子の注目を浴びて止めた。
だが、今日は告白する日。
多少人目を引いても仕方ない。
「じゃあ、江迎も誘って学校に行こうか?」
「うん」
江迎はマンションの一階で待っていた。
「遅いよ」
江迎はそう言って、僕の手を引く。
「早く自転車へ乗っていかないと、遅刻するよ」
「大丈夫」
僕は江迎に今日はサーカスが学校に来る日だと伝えた。
榎本によって空気のように扱われている江迎にはサーカスのことを誰も話さなかったようだ。
「だから、今日は授業は無いよ」
「そうなんだ」
江迎と宮川と三人で学校に向かう。
「おはよう」
榎本があいさつをしてくる。
江迎には、相変わらず誰も近寄らない。
「おはよう。榎本さん」
宮川があいさつをする。
最初は宮川島でのことで嫌悪感があったが、最近では二人は普通に会話している。
「はよー」
僕もあいさつをする。
榎本が僕を見て、驚いた。
「遥? その髪型、注目を浴びるから嫌なんじゃないの?」
「まぁ、ちょっとね」
「おはようございます」
僕はあいさつをしてきた狗神に言った。
きっと、この時から歯車が動き出した。
殺人鬼『九重心葉』と、探偵『狗神黒』の話が。
「デートしよう。狗神」
一瞬の静寂。
そして、
「「「えぇぇぇ!」」」
クラスメイトの叫び声がクラス中に響き渡った。
榎本は無言だった。
八時。
「さて、サーカスは午後から来るんだけど……」
辺りを見渡す。
サーカスが来るという話が校長の耳に入ったら、まああの校長のことだから何かするとは思っていたけど。
「屋台や地元企業の出店やら、サーカスと関係ないものまであるな」
あの校長、脳内年齢三歳だからな。
花咲といい勝負だ。
「で、デートとは?」
狗神が無表情に聞いてくる。
「デートはデートだよ。屋台をまわって、サーカスを見て、それで……」
それで、告白する。
だけど、それが言えなくて、僕は話を逸らす。
「今日は授業ないんだよね。教科書とか間違えて持ってきてないよね?」
「はい、持ってきていません」
狗神が人にぶつかる。
街中の人を校長が呼んだらしく、出店や屋台目的で来る人や、純粋にサーカスを見にきた人で賑わっている。
「狗神、メガネが?!」
人にぶつかった拍子に狗神のメガネが落ちる。
そして、不幸にも人混みによりメガネは踏まれ、割れてしまった。
「メガネ無しで大丈夫か? 今からでも代わりのを……」
狗神はいいです、と言った。
「伊達メガネですから」
伊達メガネ。
度が入っていないメガネのことだ。
それにしても、
「可愛い」
「えっ?」
狗神はメガネを外した方が可愛い。
地味さが薄れ、狗神の凛とした美しさが際立っている。
「狗神はメガネをしてない方が可愛いよ」
僕は狗神がどんなに可愛いかを力説した。
少し引かれたかもしれない。
「あの、恥ずかしいので、その話はもういいです」
狗神は無表情? 少し紅の入った顔で言った。
「そう。じゃあ屋台をまわろうか」
狗神を連れて最初の屋台に向かっていると、携帯電話に着信があった。
「誰からですか?」
榎本からだった。
榎本の好意は分かっているつもりだ。
それでも、僕は、狗神が好きだ。
だから、電話には出られない。
「携帯電話を教室に置いてくる」
僕は教室に向かった。
教室には先客がいた。
「花咲……」
花咲は珍しく怒っていた。
「やぁ、裏切り者」
裏切り者……ね。
まさか花咲に言われるとは思わなかった。
「昼過ぎ、一時に屋上で待っている。用件は、言わなくても分かるよな?」
あぁ。
花咲は榎本のことが好きだったのか。
だからここまで真剣になれる。
「榎本の所には僕が行く。お前は狗神さんと残り少ない幸せをせいぜい楽しめ」
そう言うと、花咲は教室を出て行った。
「とうとう花咲にも……これで僕には味方は一人もいなくなった」
僕は携帯電話を教室に置くと、狗神のところへ戻った。
「ふぇふぁふぇ」
狗神はりんご飴を舐めながら待っていた。
「遅くなってゴメン。屋台をまわろうか」
最初に来たのは射的だった。
一番高い景品は(ピー)S4だ。
その重さに誰もが挫折していく。
「狗神?」
狗神は射的に千円札を置くと、射的の屋台中の銃をかき集めた。
「春日野さん」
狗神が二丁同時に構える。
僕も狗神の意図を察して二丁同時に構えた。
狙うのは重心のバランスが一番崩れやすい場所。
そこに、四発、いや、この銃は四発連射出来るので十六発のコルクが襲う。
「あちゃー」
射的のおじさんが頭を抱える。
ゲーム機がゆらゆら揺れて、落ちた。
地面に激突する寸前、おじさんがキャッチする。
「持っていけ、ラッキーガール」
「だってさ、狗神」
狗神は少し困った顔をした。
「ソフトを持っていません」
残りの弾は一丁につき二発ずつ。
「狗神。銃を貸してくれる?」




