コノハの採点
夜。
ダメだ。ダメ。全然だめだ。
こんなの完全犯罪じゃない。
俺は今回の犯行を採点する。
「宮川島から出たのって久しぶり」
宮川は海を見に浜辺に出ていた。
宮川先生が焼肉で酒を飲んだため、今日は宮川島への港付近で一泊することになったのだ。
「そうか」
宮川が鬱陶しそうに言った。
「あなた、何か用?」
俺は口を開く。
「最初の事件。あれは狂言殺人だ」
「な……!?」
宮川が驚く。
俺は前髪をそろそろ切ろうかなと考えつつ、続きを話す。
「最初、昼ご飯に皿が一つ多かったのは圭子のミスだが、翌日からは違う。地下室にいる宮川朱鷺に食事を届けるために南條が用意したんだ」
宮川は答えない。
いや、真実を言われて反論出来ない。
「宮川雅は幻想。イマジナリーフレンドだ」
イマジナリーフレンド。
直訳すると『空想の友人』。
その名の通り、本人の空想の中だけに存在する人物であり、空想の中で本人と会話したり、時には視界に擬似的に映し出して遊戯などを行ったりもする。
自分自身で生み出した友達な為、本人の都合のいいように振る舞ったり、自問自答の具現化として本人に何らかの助言を行うことがある。反面、自己嫌悪の具現化として本人を傷つけることもある。
人間関係という概念に不慣れな幼い子供に起こりやすい現象であり、多くは現実の対人関係を知ることで自然に消滅する。
「これで朱鷺の部屋にあったチェスなどの遊具の説明がつく」
宮川は俺の方を向く。
「あなたはいったい?」
俺?
俺は……。
「コノハだよ」
宮川が息を呑む。
「あなたが、コノハ……」
ああ。
俺がコノハだ。
「続きを言うぞ。南條に両親を驚かせようと言って南條に嘘の診断を下させる」
南條は悪戯だと思い、了承したのだろう。
「毒は? 私はコーヒーを飲んだわよ」
俺は嘲笑う。
「飲んだフリをしたか、毒以外の物を自分で入れたんだろう。銀は毒以外でも反応するからな」
宮川は黙る。
正解だと解釈して続きを言う。
「俺たちがスプーンに気付かなかったら南條がスプーンをコーヒーから取り出す手はずだったんだろ?」
宮川は卑屈に笑った。
「コノハならバレても仕方ないか……ルドルフ、幸子殺しはどうやったのか分かる?」
ああ、と俺は頷いた。
「ルドルフ、幸子を殺したあと、ドアチェーンを掛けて、高枝切りバサミかそれに準ずるものでドアチェーンを切断する。そして接着剤でドアチェーンをくっつければあの部屋を作れる」
宮川は最後の殺人についても聞いてきた。
「お父さん、お母さんはどうやって殺したの?」
ああ。
あれか?
トリックですらない。
「二人を殺害後、ドアにバケツで水をかけたんだ。ただでさえ老朽化して開きにくくなっていたドアは水で膨張して開かなくなる。鍵が掛かったと錯覚してしまうというわけだ」
宮川は拍手をする。
「スゴイ。全部合っているよ。流石コノハだね」
俺は宮川を冷ややかに見つめる。
「完全犯罪からは程遠いな」
宮川はえっ? と驚く。
「完全犯罪だよ。狗神や花咲は私の偽の証拠に引っかかって双子だと勘違いしてくれたし、どの犯行にも落ち度は無かったよ」
俺は三本指を立てる。
「今回の事件には三つの落ち度と幸運がある」
宮川は首を傾げる。
「まず一つ。南條のダイイングメッセージだ。犯人ならダイイングメッセージを残すな」
宮川はシュンとしてうなだれた。
「二つ目。ルドルフ、幸子殺しだが、俺たちが接着剤でくっつけたところ以外を切断したらどうするつもりだったんだ?」
宮川はますます縮こまる。
「三つ目。賢治、圭子殺しだ。もし、圭子が内線を使って助けを呼ばなかったら発見までに時間が経ってドアが乾燥して膨張が止まる。幸運だったな」
だが、と俺は続ける。
「無線機を壊したのと、地下室の鍵を南條から奪ったこと、ルドルフ、幸子の部屋の窓を開けたことは褒めてやる」
まあ、採点するなら十点満点で三点だな。
「ねぇ? 警察にそのことを言うの?」
宮川は尋ねる。
俺は言った。
「取り引きだ。俺は今回の事件についてなにも言わない。宮川は俺がコノハだということを皆に隠す」
俺はそう言って砂浜を歩き出した。
「……分かった」
宮川は小さな声でつぶやいた。
あぁ。
俺は気に食わない。
犯行の動機が。
分かってしまう。
『ただ、トリックを試したいだけだった』なんて。
「榎本さん。トイレ長かったね」
花咲がデリカシーのないことを言った。
必然的に榎本に蹴られる。
蹴られながら花咲が言った。
「あんまりトイレが長いから僕たちは遥のゲーム機でゲームしていたよ」
まぁ、僕と狗神は途中でお風呂に入ったが。
一応言っておくと混浴ではない。
「トイレ行ったあと、あのバカ教師がまた酒飲み始めてたから強引に部屋に押し込んでおいたのよ」
あの人。
なんで教師なんだろう?
疑問だ。
「じゃあ、榎本さんも加えて四人でゲームでもしようか」
僕はカバンからゲーム機を四台取り出す。
「なにする?」
花咲が手をあげた。
「モンスターをハントするやつ」ああ。
あれね。
僕は四台全てにソフトを入れた。
「通信対戦が出来るみたいだから、しようか」
狗神がコクリと頷く。
「じゃあ、まずは……」
モンスターをハントしているうちに何時の間にか深夜になっていた。
「知っている?」
電気を消して真っ暗な部屋で花咲が言う。
横で寝ている宮川は海に行ってから、何か様子がおかしい。
「何を?」
花咲は怪談を聞かせるように言った。
「この部屋の外の廊下の突き当たり、夜になるとお経が聞こえるらしいよ」
へぇ。
確かにこの旅館の宣伝にそんなことも書いてあった気がする。
「確かめに行く?」
花咲と僕は布団から出た。
「寒い……」
僕は廊下の突き当たりに向かった。
『般若心経……』
確かにお経が聞こえる。
「花咲?」
花咲は怖がる様子もなく、突き当たりの壁に耳を当てる。
「うん。たぶんこれだ」
花咲は壁を殴った。
木の破片が飛び散る。
壁の反対側にあったのは、テープレコーダーだった。
お経はそこから流れている。
「案外つまらないオチだったね」
花咲は部屋に戻ろうとする。
「花咲! 壁を壊したんだから直していきなよ」
花咲はいいよ。と手をヒラヒラと振った。
「怪談をねつ造する旅館が悪いんだからさ」




