毒
「どうぞ」
ダイニングに案内された僕たちは江迎にケーキを出されていた。
あの後、榎本が僕と江迎の間に入り、婚姻届をビリビリに破いた。
そして、江迎に強引にプリントを渡すと、僕と江迎の間の位置を維持し続けている。
「榎本……さん?」
思わず敬語になってしまう。
「……」
鬼の形相で睨まれた。
「さぁ、みんな。ケーキをどうぞ」
江迎がケーキを勧める。
「じゃあ、いただきます」
花咲が四種類のケーキのうち、一つを選ぶ。
僕らも花咲に続いてケーキを選ぶ。
「じゃあ、私は台所でお茶を入れてくるわね」
江迎が台所に消えた後、榎本が小声で聞いた。
「……江迎のこと、好き?」
返事に困る。
外見は確かに好みだが、あの性格は許容出来ない。
「好きじゃないよ」
「そう」
榎本は江迎への恨みを晴らすかのようにケーキをぐちゃぐちゃしてから食べた。
「僕もいただこうかな」
ケーキを食べる。
そして、気付いた。
「ちょっと江迎さんを手伝ってくる」
僕は榎本に睨まれながら江迎のいる台所へ向かった。
「……江迎」
江迎は丁度お茶をカップに入れている真っ最中だった。
「なに、遥くん?」
僕は江迎に言った。
「ケーキに毒を盛っただろ?」
江迎は悪びれることなく頷いた。
「うん、盛ったよ」
「なぜ?」
「だって、あの子たち邪魔なんだもん」
邪魔か。
まるで病んでいるようだ。
「解毒薬は? あるんだろ?」
尋ねる。
解毒薬はあるはずだ。
彼女が僕を好きなら、僕が毒入りケーキを食べた後、僕だけ生き残らせるために解毒薬をお茶か何かに入れて僕に飲ませるはずだからだ。
「解毒薬が欲しいの?」
「ああ」
じゃあ、と江迎は四種類のクッキーが入った四つの袋を出した。
中には十個ほどクッキーが入っている。
「三種類のクッキーの重さは同じ。だけど、この中に一つだけ十グラム重いクッキーがあるの。それを当てられたら解毒薬をあげる」
解毒薬を強引に聞き出すことも考えたが、江迎はしゃべりそうにない。
「ゲームか。秤は使っていいよな?」
江迎は電子秤を持ってきた。
「一回しか使っちゃダメだよ」
「お茶、遅いね」
花咲がそう言った。
「そうね」
榎本も同意する。
「……」
狗神は無口だ。
花咲が提案する。
「ねぇ、誰か見てくる?」
「……」
秤を三回使えば重いクッキーが分かる。
クッキーをABCDに分け、AとBとCを一回ずつ計る。
これで、クッキーの重さが分かる。
でも、一回でどうやって計る?
「さあ、早くしないと毒が効き始めるわよ」
江迎のセリフで、焦る。
こんな時、どうすれば……。
やつなら。
コノハならどうした?
あの人なら、どうした。
きっと、迷わず決める。
コノハなら……。
「……分かった」
「え?」
江迎が驚く。
「クッキーをくれ」
僕はクッキーABCDをA一個、
B二個、C三個、D四個と秤に載せる。
「340グラム」
仮に全て30グラムだったとして、四種類で10個。300グラム以上だ。
後は300グラム以上の以上の部分を10グラムで割ればいい。
「このクッキーが10グラム重い」
僕はクッキーDを選んだ。
「わぁ、正解よ。解毒薬はクッキーの中に入っているわ」
「そうか」
僕はクッキーを手にダイニングルームに戻る。
江迎を警察に突き出す気も、学校に登校させる気も無くなった。
「遅い」
榎本に文句を言われる。
「ゴメン」
榎本たちにクッキーを渡す。
自分も食べながら、榎本たちにも食べるように促した。
「美味しいけど変な味のクッキーだね」
解毒薬入りだからね。
「遥。江迎と何もしてない?」
榎本に睨まれる。
「何もって?」
榎本がブツブツつぶやく。
「……とか……とか……」
「なに? 聞こえない」
榎本は蹴りを放った。
「もういい。バカ!」
江迎がお茶を入れたカップをお盆に載せ、やって来た。
「お茶をどうぞ」
榎本が江迎を睨む。
だが江迎は涼しい顔だ。
「いや~、ケーキにクッキー、お茶なんて至れり尽くせりだね」
花咲は能天気にお茶を飲む。
僕もお茶を飲んだ。
毒は、入っていない。
「そういえば、なぜ私の家に来たの?」
江迎が聞く。
「僕たちは江迎さんを登校させるように先生から言われたんだ」
あぁ。
言ってしまった。
言わなければ江迎と会わずにすむのに。
「まぁ、先生まで私と遥くんの恋を応援してくれるのね!」
「うん。そうだね」
花咲。うんじゃない。
あと頷くな。
江迎がまた変な勘違いをするだろ。
「明日から登校するわね。遥くん。愛妻弁当を頑張って作るから、お腹を減らして待っててね」
「……」
榎本が無口だ。
ヤバい。
非常にヤバい。
「愛妻弁当は、いらないかな。ほら、僕は購買派だから」
「大丈夫。購買よりずっと美味しいわ。だって愛がこもっているもの」
詰んだ。
僕はうな垂れて榎本と江迎が口論を開始したのを黙って聞いていた。
夜。
俺は、人通りの少ない道で獲物を物色する。
居なくなっても家族があまり真剣に探さないやつ。
ニートやそれに準ずる者。
あるいは一人暮らしの者。
「トリックなんて考えられる頭のいいやつ、もしくは冷静なやつは、どんなに相手が憎くても、殺人なんてリスクの大きいことを犯さない」
「だが、俺は違う」
刃物が闇の中、月明かりに照らされ光った。
「普通の人間はトリックなんて使わない。人を殺したければ夜道で襲う方が確実だ」
殺したい。
衝動が抑えられない。
だから俺は、今日も殺す。
俺は殺人鬼。
アブノーマルであり、ごく普通の人間だ。




