転校生
小説を書くのは久しぶりなので文法がおかしかったら指摘して下さい。修正しますので。
僕と彼女は正反対だ。
思考も生き方も、全てが。
だから、お互いに足りないものに惹かれ合うのかもしれない。
だから、僕は彼女のことが、どうしようもなく好き、なのかもしれない。
五月のある日。
狗神黒はやって来た。
「はーい。静かにして」
先生が机をバンと叩く。
毎回思うが、あの勢いで机を叩いていたらいつか机が壊れてしまうのではないだろうか?
まあ杞憂だ。
僕にとっては机の下でやっている(ピー)PSでモンスターをハントすることが重要なのであって、先生の話など無価値だ。
「転校生を紹介する。入って来なさい」
ガラガラと教室のドアを開けて入ってきたのは、華奢な少女だった。
黒色のメガネをかけ、一冊の黒い本を胸に抱えている。
そしてこの学校の制服ではない、黒い服。黒一色の姿は、自身を闇に溶け込ませようとしているかのようだ。
「自己紹介を……」
彼女は黒板に名前を書く。
書かれた名前は狗神黒。
「狗神黒です……」
「「「……」」」
皆が次の言葉を待つ。
狗神は、うつむいてボソボソとしゃべる。
「……私は勇者です。……パシリが得意です」
モンスターを無事にハントし終えた僕は狗神のセリフを脳内で反復する。
「……つまり、イジメられっ子?」
僕のつぶやきが聞こえたのだろうか?
狗神は肯定するように首を縦に振った。
「……はい。だから勇者です」
先生が仕切り直すようにコホンと咳をした。
「……はい。狗神さんは春日野の右隣りの席だから」
春日野遥。
僕の名前だ。
教室の一番左の一番後ろの席。
しかも、右隣りは空席。
ゲームをするのにちょうどいい空間が、たった今、先生の無慈悲な一言でぶち壊された。
「……よろしく」
横にやって来た狗神は暗いトーンであいさつをした。
「よろしく。僕は春日野遥。親友からは遥って呼ばれている」
さりげなくゲーム機を机に滑り込ませ。狗神にあいさつする。
狗神の返事はありきたりで意外なものだった。
「教科書……」
「ん?」
狗神が僕の机の上でホコリをかぶっている哀れな教科書たちを指した。
教科書なんて、入学してから一度も使っていない。
「教科書、貸して下さい。私の教科書……まだ届いていないので」
「はい」
ホコリが舞う。
そういえばホコリって粉塵爆発を起こすんだろうか、なんて、思考を飛躍させながら僕は狗神の机に教科書を移動させる。
「春日野さんは教科書。見なくていいんですか?」
狗神が初めて表情を変えた。
それは、僕をゾクリとさせるほど……。
綺麗だった。
哀愁や憂いに似た狗神の表情に、僕は一目惚れって本当にあるんだなと今さらのように感じた。
「教科書は入学前に一度読んだ。僕は完全記憶能力者なんだ。だから、教科書の内容は完全に暗記している」
まあ、半分ウソだけど。
ウソを本当に混ぜる。
僕の悪癖だ。
教科書を読んだのは事実だ。
だが、僕は完全記憶能力者ではない。
その気になれば一ヶ月前の夕食も答えられるが、半年前となると少し怪しい。
「へぇ。そうですか」
狗神は完全記憶能力を信じているのか、分からないような声音で教科書をめくる。
そして、こういったやり取りをしている間に一時限目が始まった。
「狗神。この英文を訳してみろ」
英語の教師は以前僕が授業中にゲーム機でゲームをしているのを見つけて以来、大学入試レベルの問題を僕に解かせている。
これは、僕がこの先生の授業はゲームしながらでも十分分かると言った結果であり、それ以来先生は僕に難問をぶつけ、解けなかったらゲーム機を没収という無駄な約束をしている。
まあ、先生が余計なプライドにこだわらず、ゲーム機を取り上げてしまえばいいだけの話なのだが。
「テリーはよく冷えたプリンを食べるために冷蔵庫を新しく購入しました」
意訳だが違訳ではないだろう。
「……合っている」
ギリギリと音が聞こえそうなほど歯ぎしりをした先生は、鬱憤を晴らすかのように狗神を指名した。
問題は同じく大学入試レベル。
「狗神。この問題を解いてみろ」
ほぅ。
狗神のノートを横から見て、面白いことになったと僕は密かにニヤリと笑う。
「……分かりません」
「狗神! 転校前の学校で何を習って……」
先生が怒鳴り散らそうとしたその時、僕はスッと立ち上がった。
そして、黒板へ向かい、英文を書き換える。
狗神がつぶやいた。
「神はサイコロを振らない。これは確定した事実である」
「な……」
先生が唖然としている。
僕は最後の駄目押しをした。
「最初に先生の書いた英文が文法的に間違っていたんですよ。中学生からやり直してきて下さい」
先生の顔が真っ赤に染まる。
それも当たり前か。
自分の担当の教科で問題の間違いを指摘される。
これ程の屈辱はなかなかないだろう。
くっくっく。
心の中だけで笑う。
「あとは自習だ! 教科書を読んでおけ!」
負け犬の遠吠えとは、このようなことを言うのだろう。
「自習だって!?」
「やったー!」
「春日野愛してる!」
クラスメイトから称賛されながら、席に座る。
そして、狗神に尋ねる。
「なんで、英文の間違いを指摘しなかったんだ?」
狗神のノートには先生の英文と間違いを修正した英文が書かれていた。
「先生はあの問題を解けと言ったから……」
「ふーん」
僕はゲーム機を机の下から出す。
狗神が目を見開く。
「まさか、授業中もずっとゲームを」
「僕と君は正反対の人間らしい。爪を隠さない僕と。爪を隠す君。能ある鷹はどっちなんだろうね」
「……」
二時限目からはいつも通りだった。
僕は問題を当てられれば解き、狗神は教科書と睨めっこをしている。
そして、昼休み。
「狗神。パン買って来て」
狗神をパシリに使おうとしていのは榎本紗江。
典型的なイジメっ子だ。
「はい。分かりました」
狗神は素直に席を立つ。
僕は止めない。
狗神は嫌がっているわけではないし、榎本とは親友だからだ。
「はい。お金」
榎本がお金を渡す。
榎本はイジメっ子であっても悪人ではない。
基本的に自分のせいで他人を不幸にはしないし。パシリの時もちゃんとお金を払う。
ただ、榎本はイジメっ子だ。
それを僕は知っている。
「遥。何か狗神に買って来てもらうものある?」
僕は狗神に五百円を渡す。
「焼きそばパン。無いならチーズバーガー」
「分かりました」
狗神が教室から出ていく。
「遥。相変わらず変なところで意地悪だねぇ」
榎本が狗神の席に座る。
焼きそばパンとチーズバーガーは二大人気商品だ。
まず、この学校に転校したばかりの狗神が手に入れるのは不可能だろう。
だが、僕は確信していた。
狗神は必ず買ってくると。
「お、狗神、おかえり~ ……え!?」
狗神は榎本にパンを渡すと、僕に焼きそばパンを渡す。
「ありがとう」
そして、手にしたチーズバーガーをモフモフと食べる。
ハムスターを連想させる食べ方に魅入っていると、榎本が小声で話しかけてきた。
「……ねぇ。なんで狗神が焼きそばパンとチーズバーガーを買ってきているの!?」
「さぁ?」
榎本は諦めた顔で狗神に聞く。
「ねぇ。焼きそばパンとチーズバーガー。どうやって買ったの?」
狗神が初めて、笑う。
その顔に、見惚れる。
「企業秘密、です」
放課後。
榎本が僕の机にやって来た。
「ねぇ。レンタルDVD屋が今日閉店セールなんだけどさ。一枚十円っていう破格なの。行くでしょ?」
DVDが一枚十円か。
僕はあることを思いつき、ニヤッとした。
翌日。
僕は学校を休んだ。
携帯電話に榎本から電話がかかる。
『風邪だって? 大丈夫?』
「うん。お粥食べて寝てるから大丈夫。明日には登校出来ると思う」
『本当?』
「本当だよ」
僕は埃っぽい部屋でそう答えた。
翌日。
登校すると、狗神が教科書を返してきた。
「教科書が届きました。貸してくれてありがとうございます」
「うん、よかったね」
榎本がぐてっと軟体動物のように僕の机に倒れこんできた。
「今日の五限目はなんだと思う?」
「ああ、なるほど」
榎本の言いたいことを理解した僕は、心の中でつぶやいた。
あいつの授業か。
あいつとは榎本を毛嫌いしている歴史の教師のことだ。
先生ではない。
ただの害虫、教師と呼ぶのもおこがましい。
授業は毎回準備室のDVDを見るだけ。
その間、やつは寝ている。
そして小テスト。
やつの小テストはやたら難解だ。
例えば、縄文文化の小テストで縄文杉の最長樹齢を聞くような、DVDの内容から離れた問題を出してくる。
僕はかろうじてまだ満点を維持しているが、榎本やその他のクラスメイトは小テスト自体を諦めている。
「辞めてくれないかな。あのゴミ教師」
榎本が嘆息する。
僕も同感だ。
僕は狗神の方を向く。
「狗神。パシリ予約いいか?」
「はい」
僕は五限目に狗神に近所のコンビニでおにぎりを買ってくるように頼んだ。
「昼休みではダメですか?」
「ダメ。お願い」
狗神は何かを察すると、頷いた。
「分かりました」
そして、昼休み。
榎本がパンを狗神に頼み、僕はコンビニ弁当を食べている。
毎日パンだと飽きるだろう?
五限目。
「うわー、嫌だ」
榎本が文句を言う。
狗神は席を立つ。
「行って来ます」
榎本が視聴覚教室に移動しながら僕に聞く。
「なんで狗神をパシリしたの?」
僕は淡々と答える。
「あのゴミが狗神に出会ったらどうするか、分かるだろう?」
イジメられっ子とゴミ教師。
出会ったら、確実に狗神は……。
榎本はああ、とつぶやいた。
「援交とかしてそうだからね。あのクズ教師」
教師がゴミからクズにランクダウンしたところで、視聴覚教室に到着した。
「小テスト嫌だな~」
「……最後のね」
僕がボソリと言ったセリフに榎本が反応する。
「え?」
僕は榎本の隣りに座った。
「ねぇ? 榎本ってエロDVDとか見る?」
榎本は途端に顔を赤くさせる。
ウブだなあ。
ちなみにウブとは初々しいという意味らしい。
「榎本。ちょっと来て」
榎本を連れ、視聴覚教室から出る。
「ちょっ、授業始まるって!」
「榎本。僕は風邪が再発したっぽい。だから、フラフラな僕を保健室まで連れて行ってくれないかな」
榎本は、はぁ、とため息をついて僕を支えた。
「しんどいなら最初から言え、バカ……」
榎本が僕を保健室に連れていき、視聴覚教室に帰ってきた時には全てが終わっていた。
その日は六限目が無かった。
代わりに、警察が来た。