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マンションのリビングで行われた捜査会議から五日目の朝、颯爽とした大股でデカ部屋に入ってきたのは北方。
原田のデスクの前に来ると、文字通りのドヤ顔で一冊のクリア・ファイルに入った書類を彼に突き出した。
「テレビ局のオンデマンド配信の記録から、岸川紗江子が『特命外科医・如月美冬』の第二話だけを購入してることが掴めました」
彼女の顔を一瞬見つめた後、原田はその書類を受け取り目を凝らす。
一枚は登録内容を記した物で、彼女の氏名、メールアドレス、クレジットカード情報が記載されている。もう一枚は購入した番組の一覧。こちらには『特命外科医・如月美冬・エピソード2・恍惚の母』とだけ記されており、他の欄は空だった。
「第二話は、例の痴呆症のお婆ちゃんが、水中毒に成る話です。彼女は、わざわざのそ第二話を見るためだけにこのテレビ局のオンデマンド動画サービスに登録してますし、以降、それを使用した形跡は一切ありません、早い話、水中毒のエピソードを見たいから、紗江子は登録した言うことです」
「ご苦労さん、これで、紗江子さんが水中毒なんて知らんかったいう証言は怪しなるなぁ」そう彼女の仕事を評価したあとで原田は声を潜めて「こんなん、よう令状も無しで取れたなぁ」
対して北方は胸を逸らし「この局の報道部に昔世話したったブン屋がおるんです。その彼を経由して手に入れました」
「そんな出処のアヤシイ証拠、公判になったら一撃でぶっ潰されますよ」と、行き成り彼女の背後から声が聞こえる。
敵意むき出しの物凄い形相で北方が振り返ると、そこには白川。手にはチャック付きのビニール袋に入った一冊の本。表紙には『循環器学選書3』表情はまるで勝ち誇った様。
全員の視線が彼の手元に集中する。
「岸川家周辺で古紙回収をやってる業者を当たってみて、うち一つの業者の担当が、程度のええ書籍を小遣い稼ぎの為に古本屋に流してる事実を掴んだんですよ。で、そいつと繋がりのある古本屋を片っ端から回ってやっとこいつを見つけました。この本の六十ページに水中毒に関する記述があります」
そう言って、本を原田のデスクに置く「ニンヒドリン使うて、もしそのページから紗江子の指紋が出たら、彼女の証言は嘘やいう事になります」
傍らに立つ北方を差し置き、身を乗り出し原田に迫る白川、その斜め前で曽根が冷めた表情で呟いた。
「紗江子さん、犯歴はおろか、交通違反もしてはれへんから指紋の資料なんてどこにも無いですよ。その本から指紋が出たとして、一体照合する資料はどないするんです?」
今度は白川が凍えるような視線で曽根を睨む、含み笑いで彼も見返す、『(´・ω・`)ショボーン』のアスキーアートがプリントされたマグカップを両手に抱え、小磯が半身だけその場から逃げた。
二つの証拠物件を交互に睨み、腕を組んで天井を睨み「うーん」と原田は唸る。
そのままの姿勢で十分近く悩んだ後、おもむろに立ち上がり「課長に相談してくる」と席を離れた。
デカ部屋の最奥部に陣取る藤本警部のデスクに向かい、そこで長々と話し込む二人。強行犯係の場所からも禿頭をピシャピシャ叩きながら眉間にしわ寄せ悩む藤本の姿がよく見える。
やがて、彼はデカ部屋を出てゆき、原田は自分の席に戻ってくると部下に「課長、紗江子さんを署に呼べるように署長に相談しに行きはったわ」と、告げた。
それから半時間後、事務仕事も手につかぬ様子で課長の帰りを待つ強行犯係のメンバーの元に、興奮し頭のてっぺんまで上気させた彼が戻ってきた。そして。
「署長、エライ怒ってたでぇ『私は教団の業務上過失致死を捜査しろと言った筈だ!』ちゅうてな。そやけど、まぁ、君らの調べた事を説明したら、一応納得しはったわ」
原田は、藤本を見つめながら、そっと立ち上がる「じゃぁ、紗江子さんに事情を聞きに行ってきます。当然、任意で」対して藤本は一回だけ深くうなづいた。