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 その翌日、北方が懸念した事態が強行犯捜査係を襲った。

 管内で重大事件が発生し、恵美須署に帳場、つまり捜査本部が立ったのだ。

 事件は、日本橋にある堺筋に面した路上に置かれたゴミバケツから、男性の折りたたまれた遺体が発見された事が端緒となった。

 遺体の身元は二十一歳の薬学部に通う大学生。死因は頭部を鉄パイプ状の鈍器で殴られたことによる脳挫傷。その他にも全身に打撲やタバコによる物とも思われる火傷が無数にあり、拷問とも呼べる暴行を執拗に受けた上で撲殺されたものと断定された。

 恵美須署の強行犯捜査係と、府警本部捜査一課四係の一ヶ月に及ぶ懸命な捜査の末、被害者は脱法ハーブを扱うグループの製造部門を担当しており、良心の呵責からグループを抜けたがっていた所を仲間から制裁を受け、リンチの末殺害された事が判明、グループのリーダーと、リンチに関わった二人のメンバーを殺人の容疑て逮捕し事件は一応の解決を見た。

 しかし、グループの背後には広域暴力団『鯖戸会』が居り、暴行も組の関与が濃厚だったが、結局は捜査の手は及ぶことなく現場の刑事たちにとっては消化不良な幕引きとなった。

 おかげで、帳場解消後の打ち上げは荒れた物となり、こちらも後味最悪な結末を迎えることとなった。

 控えめな性格の原田と思慮深い本部の女性管理官、酸いも甘いも噛み分けた四係長が居なければ、無駄に熱血な織田某気取りの四係の巡査部長と、斜に構えた白川が殴り合いになっていた事は必至だったろう。

 そんな訳で、仕切り直しの打ち上げをすべしとと言う流れになり、会場は原田の自宅となし崩し的に決まった。

 彼の住まいはJR天王寺駅北側にあるマンションの十二階。間取りは4SLDK。別れた妻の父親が買ってくれた物で、離婚の際「娘の我が儘を聞いてくれたお詫び」と言うことで所有権が手元に残った。ここに十一歳になる娘と暮らしている。

 この日のメニューはその原田の娘、佳織が作った鳥の唐揚げとコールスロー、北方が自宅で作って持ち込んだ冷しゃぶ、曽根が『檀家』のキムチ屋のおばさんからもらってきた白菜とレンコンのキムチ。

 十四帖のリビングに刑事五人と、小学生一人が混ざり缶ビールとペットボトル入りのマテ茶での乾杯の後、仕切り直しの宴会が始まる。

 少女特有の艶やかなロングヘア、切れ長の目とシャープな輪郭を持つ小作りな顔、ひょろっと長い手足は、完全に母親の遺伝子を受け継ぎ、父親のそれは微塵も見えない。

 小皿や箸を素早く配り、エプロン姿が妙に違和感を醸し出す北方とともに忙しく立ち振舞う姿も、引っ込み思案な父親とは正反対、原田が娘の命令でキッチンへ塩と胡椒を取りに生かされた隙に、エプロンを外しながら北方がつぶやく「毎回思うけど、どっちが親か子か分からへんね」

 対して佳織が「そやからお母さんに逃げられんねん」と、声をひそめることなく答える。

 そのやり取りを見た男二人は、ビールの缶を口にしたまま互いに目配せを送り肩を潜めた。

 後ろ向きな会話は控えようと事前に決めていたせいもあり、また小学生の手によるものとは思えないガラムマサラを効かせたジューシーな唐揚げと、パンチのある手製ごまだれが絶妙な冷しゃぶ、コクのある本場キムチのお陰も有って、会の序盤は極めて和やかで穏やかな物であったか、小磯がふと漏らした言葉が場の流れを大きく変えることになる。

「そう言うたら、あの桐生いう管理官、メッチャ美人でしたねぇ」

 いい塩梅にアルコールが周り勢い付いた曽根が頬張った唐揚げを飲み下した後「そうそう、落ち着いた感じのクール・ビューティでしたねぇ」と調子を合わせる。

 そして、白川までが綺麗な灰白色に茹で上がった豚肉を胡麻だれに浸しつつ「女優の松川安恵に似てなかったか?」

 それを聞いた佳織が唐突に叫んだ「あ!エライこっちゃ!!」

 口につけた缶ビールを慌てて下ろし北方は「佳織ちゃん、どないしたん?」

 普段は尊敬してやまない北方の言葉も耳に入らないのか、ウォーッと意味不明な奇声を発しながらリモコンをひっつかみテレビの電源を入れ、チャンネルを合わせる。

 映ったのは先ほど話に出た女優の白衣姿と『特命外科医・如月美冬2』のタイトル「そう言うたら、お前、このドラマ好きやったなぁ」と呑気にキムチを漬けだれに浸しつつ原田。

「ドラマ自体は、よお有る医療モノのパターンをつなぎ合わせただけの、オリジナリティの無い凡作やけど、美冬先生のライバル役やってる小森北夫さんがメチャ好きやから見てるだけや」

 と、恐ろしくうがったドラマ批評を一くさりぶって父への返答とする。

 ここから捜査本部解散の打ち上げ仕切り直し会から、なぜか『特命外科医・如月美冬2』鑑賞会へと宴の趣旨は変わり、缶ビールやペットボトルのお茶片手に、唐揚げ、冷しゃぶ、キムチを肴に、大の大人五人と少女一人が液晶画面にクギ付けになるとと言う異様な風景がしばらく続いた。

 流れが再び変わったのは、画面に一人のベテラン女優が登場した時だった。佳織は指についたガラムマサラの粉を舐めつつ、

「あ、このお婆ちゃん、ボケがマシになったんや、前のやつはミズチュウドクにまで成って大変やったのに、ヨカッタ」

 なんの気ない独り言に、彼女以外全員の意識が集中する。原田が酷く押し殺した声で佳織に訪ねた「お前、今、なんちゅうた?」

「ミズチュウドク、あのお婆ちゃん、一時期ボケが酷なって、水ばっかり飲むようなって、そんで、血が薄なってミズチュウドク成りはってん」

 そう答える彼女を見つめながら、原田は「このドラマの最初の奴って、いつ放送してた?」

 答えたのは小磯「前のシーズンの夏ドラマでしたから、去年の六月から九月まででした」

「佳織ちゃん、そのお婆ちゃんが出てくるのは何話ぐらいやった?」北方の問いに彼女は額を自分の人差し指でコツコツと叩きながら。

「急に痙攣して倒れたお婆ちゃんを、赴任してきたばっかしの美冬先生がミズチュウドクやて見抜いて、他の先生らを驚かした話やから、最初の二話か三話くらい」 

「ちょうど七月頃ですね」と、小磯が補足し、北方が原田を見つめ「係長」と、急に改まって役職で彼を呼んだ。それに対し彼は腕を組み天井を睨んで「う~ん」

 暫くして、ドラマのエンディング曲が流れる中、原田は腕組みを解き、皆を見渡して言った。

「紗江子さん、このドラマを見て水中毒の存在を知って、犯行を計画した可能性があるなぁ」 

「しかし、彼女がドラマを見てたいう確証は無いでしょ?」と白川。直ぐ様曽根が「逆に見てないいう確証も無いっしょ?」

「もし、仮にドラマを見たことが犯行を思いつく切っ掛けに成ったとしたら、ちゃんと計画を練る為にもう一度ドラマをみたい思うやろな」

 睨み合う二人を眺めながら原田、北方が直ぐに反応する「確か、この局、オンデマンド放送で再視聴も出来たはずです」

「あ、あと、ニコ動とかでも見れたりしますよ」と小磯「彼女もアカウントとってる可能性、有るな」曽根が応じる様につぶやく。

 皆のやり取りを黙って見ていた白川も、たまらず口を出してきた。

「たとえ、番組をまた見たから言うてしっかり犯行を実行できるだけの知識が集まる筈ないでしょ?」

「補足のため専門書を買うて調べてたかもしれんなぁ、まぁ、もう捨ててるやろうけど、近所の古紙回収業者を当たったらなんか出てくるかもしれん」

「一年以上経過してますから、期待薄ちゃいますか?」再び白川、それを打ち消すように「それは動いてみて初めてわかることでしょ?」と北方。

「すまん、みんな、帳場畳んで直ぐで悪いけど、明日からもう一足掻きしてみよや」拝むように皆の前で両手を合わせる原田。

 北方は缶の中に残った最後のビールを一気に飲み干し、皆を見渡し指示を飛ばす。

「私はは放送局、小磯君はネット関係、曽根君は念のためレンタルDVDの方も当たってもらえる?DVD化された奴を彼女が見てる可能性もあるから、白川君は古紙回収業者に行ってみてくれる?」

「僕は岸川紗江子いう人の周辺をもう少し洗ってみる。こんなある意味冷酷な計画を立てられる女の人なんか、どうか調べてみたい」 

 そう原田が言うと、娘は興奮気味に小鼻を広げ、彼に言った。

「明日からまた泊まり込み?そやったらお夜食、お弁当作って持ってゆくわ」

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