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 翌朝、各員のデスクの前に湯呑やコーヒーカップをおいてゆく小磯の姿は、血色の良いゾンビと言った感じだった。

 昨日の聞き込みは相当体力的にもキツかったようで、彼女と同じ天川村の根本道場に向かった白川も、ロボコップのような動きでデカ部屋に入ってきたのを原田は見ていた。

「どうやった?吉野の方は、やっぱり下界より涼しかった?」

 嫌味な笑いを満面に浮かべ北方は自分のカップを煽る。対して白川は「まぁ」と太ももをデスクの下で摩りながら答えた。

「涼しかったですけど、根本道場とかいう場所がメチャクチャ急な山の中に有って、私ら二時間も掛かって登ったんですよ。もう汗だくだく」

 苦痛に顔を歪めつつ椅子に付いた小磯が応える「いらん事言うな」と言った具合のキツイ視線が白川から飛んでくるが、当の彼女は気づかず『(`・ω・´)シャキーン』のアスキーアートがプリントされたマグカップに口を付けた。

「なぁ、小磯君、例の『御仙水』はご馳走になったんか?」と、何故かニヤニヤ笑いながら曽根。対して小磯は「ハイ、喉渇いてたから、メッチャ美味しかったです」と何の気なしに応える。それを、白川は呆れた顔で眺め「フンッ」と鼻で笑った。

「さぁ、それじゃ聞き込みの中身を報告しれくれるかな?初めに一番苦労してそうな白川君、君からお願い」

 北方から指名された彼は、手元のiPhone 5に触れながら報告を始めた。

「まず、総先達、つまり教祖の出口聖嶽、本名、出口岳夫から話が聞けました。彼によると、信者への御仙水に対する用法は特に数値の形では指導しておらず、水中毒への危険性も喚起していなかったとの事です。ほかの先達と呼ばれる幹部にも話は聞きましたが、具体的に日に何リットル飲めとかという形では無く、生活において口に入る水は全て御仙水を使うようにというやり方で指導していたと言っていました。勿論、水中毒への注意は一切払ってない、それ以前にそんな話聞いたことすらないと」

「抗コリン剤については?」そう質問を飛ばしたのは北方。白川は即座に「それも同様、使用の奨励などはしていないと、それどころか西洋医学にはかなり否定的です」

「抗生物質と抗ヒスタミン剤の危険性を延々と聞かされちゃいました。それに遺伝子治療への反対意見も」と、小磯がボソボソつぶやく。

 そんな声を無視し、白川は何故か一同を見渡し、声のトーンを低めて言った。

「ただ、岸川家に関してはかなり奇妙な話を聞けました」

 今まで手帳に向かって落ちていた原田の視線が急に白川に向けられる。ほかの係員の意識も一斉に彼に集中する。

 それを意識しながら白川は続けた。

「最初に教団に入信したのは白川清子と、一年前に亡くなった息子の涼一で、嫁の紗江子が入信したのはスピリチュアル・ブーム華やかな今から六年前。彼女と涼一はそこで知り合い結婚しています。入信当初の彼女は、所詮ブームに乗っかって興味本位で入信した程度だったからか、さほど教義に身を入れていなかったそうで、そのあたりを義母から幾度となく叱責を受けていた様ですが、夫涼一とは非常に仲が良く、惚れた弱みで信仰を続けていたと見られます。ところが、彼が亡くなって以降、急に信心の度合いを深め、根本道場にも足繁く通い一年足らずで教義に対する知識も、教団に対する貢献度も義母を上回るように成ったとか、つまり、母と娘の教団内部における立場が逆転し、紗江子が母親を指導する様になった。という事になります。これは出口氏やほかの幹部も認めています」

「教祖、あ、違うた、総先達さんもえらい紗江子さんの事、褒めてました『ご主人を亡くされ、霊験の有り難さがようやく理解できたのでしょうぁ、悲しみを乗り越えた末での気づきでありましょう』って」

 小磯は、そう出口の発言部分だけ妙な口真似で表現し、白川の報告を補足する。

「他に何か無い?」そう問う北方に白川は「私からは以上です」と答えたが、小磯は視線を横に泳がせ一瞬考え込む。

「何か、有ったんかな?」追いかけて原田が聞くと、小磯は慌てて首を振り「と、特に有りません」と答えた。

 続いて曽根が、昨晩原田とともに紗江子や元自治会長らから聞き込んだ情報を報告する。

 一通り紗江子について語ったあと「かなり白川さんの報告とかぶる部分が有るんですが」との前置きの後、元自治会長の話を始めた。

「清子さんの息子さん、つまり紗江子さんのご主人、涼一さんは昨年の六月に四十五歳で亡くなってます。死因は膵臓がん、教団の教義に従ってがん検診にも行かず、総先達のお見立ていう心霊的な健康診断に頼って、結局、自覚症状が出てだいぶ経過してから、紗江子さんが無理やり連れて行った大阪市立大病院で診断を受けたそうですが、その時はもうステージ4まで進んで手遅れやったそうです。また、その後も母親が看病の主導権を握り、御仙水だけを飲ませ手当し続けたせいで最後はかなり酷い状態で亡くなったとか、葬儀の当日、言い争うふたりの姿を、元自治会長さんも目撃してます」

「極論すれば、旦那を教団と義母に奪われた見たいなもんやなぁ」そう、原田は突然呟いた。一斉に皆の視線が彼に集中する。それに気付いた彼はハッとして周りを見渡し、慌てて「他に、報告は?」と取り繕うように曽根に言う。

「僕からは以上です」との返事を聞くなり、北方は勝手に報告を始めた。

「昨日、私が会ったんは、教団の被害相談の窓口をしてる水野吉彦弁護士で、先生の証言によると、教団絡みのトラブルは、霊感商法による金銭関係と、それと曽根君からの報告にもあった、教義に固着する事を原因とする医療拒否による物がほとんどで、御仙水による水中毒の被害報告は一件も無いそうです。ただ・・・・・・」

 そこで北方は原田をじっと見据えながら言葉を切る。彼がその彼女の目を見つめ返した時、再び口を開いた。

「岸川紗江子自身が、水野弁護士の事務所を訪れた事があったそうです。相談の内容は夫の死について教団と母親を訴え、教団を脱退したい。一年前の事です」

「えっ!」曽根が思わず声を上げ、白川も怪訝な表情で北方を見つめる。小磯に至っては何が何だかわからずあたりをキョロキョロ。

 ただ、原田だけが口元に手をあて何か考え込んでいる様子。

「けど、出口や幹部、ほかの信者連中は、夫の死を契機にして信仰に熱心になったって証言してますが?えらい矛盾してませんか?」

 と、白川。半ば食ってかかった様な物言いで北方を詰問する。

「話は最後まで聞きぃや、白川君」と、彼を窘めたあと、北方はまた原田に向き直り報告を続ける。

「ところが、水野弁護士が彼女からの訴訟委任状を待っていた矢先、彼女自身が事務所を訪れて、訴訟は止める、教団は続けると依頼の取り下げを言いに来たと。お詫びや言うて十万円も包んで。勿論、水野氏は説得を試みたそうですが、結局は依頼の取り下げを受理し、現金も受け取らんかったそうです」

「それ、いつ頃の話なんかなぁ?」

 この日初めての原田からの質問。直ぐ様北方は「去年の七月半ばですが」と答える。

「夫の死後、ひと月あまりで突然の心変わり、不自然やなぁ」と、原田は呟き、また黙り込む。

 部下たちは、一斉に彼に注目し、次の言葉を待つが、本人は腕を組み、タレ目で天井を睨み「う~ん」と唸るだけ。

 盗犯係りの刑事が鑑識課員と打合せする声、取調室へ引っ張られるひったくり犯を怒鳴る制服警官の罵声、痴漢被害を訴えるOLの啜り泣き、隣の浪速署管内で発生したひき逃げを告げる警察無線。

 様々な声、雑音が渦巻く刑事部屋で、強行犯捜査係だけが沈黙に沈む。

 やがて、原田は腕組みを解き、部下を見渡し静かな声で遠慮がちに言った。

「これ、紗江子さんが計画的に清子さんを、水中毒に追い込んで殺害した、殺人事件ちゃうやろか?」

「動機は夫を死に追いやられたことに対する復讐?」

 間髪入れずにと北方。対して曽根は。

「財産目当て言う筋も考えられますねぇ、なんせあの家だけでも坪当たり百五十万はしますし、他にも土地を持ってはりますから、資産は億単位は絶対行きますよ」

「しかし、紗江子が水中毒と言う事象を知っていたと言うことを証明せんと、ダメですね。そう誰もが知ってる話やないでしょ?医療関係者でもない限り、彼女、べつにそういう経歴はないでしょ?」

 と、白川、コレに小磯は「確かに、そうですねぇ」

「白川くんの言うとおりやなぁ、紗江子さん本人も水中毒いう言葉は初耳や言うてたし、教団でもレクチャーは無かった、弁護士すらも認知してなかった。現状ではあの人が水中毒を言ってたいう客観的根拠は無い訳や、ただ、もし、彼女がそいうい病気が有るいう事を認知してた証拠があれば、話は別やけどね」

 原田の言葉に北方は。

「彼女は言下に水中毒なんて言葉すら初耳やった言うてたんでしょ?明らかな矛盾が生じますよね、それこそ彼女が臭いいう根拠になりますよね」

「ま、全ては紗江子がその存在を知ってたいう証拠が出てきたらの話でしょ?どないしてそんなの炙り出しますん?」  

 再び白川の水を挿すセリフ。北方は彼を睨みつけ、原田はまたまた天井を睨む。追い討ちをかけるように。

「今のところの状況、課長にはどない報告します?」とまた白川。

 しばらく「う~ん」を続けたあと原田はこめかみを抑えつつ。

「『教団も家族も水の多飲に対する危険性は認知してませんでしたから、業務上過失致死での立件は難しいと思います』って報告してしまいたいのは山々やけど、もう少し調べてみたいんは確かやし、現状を報告してしばらく時間下さい言うしかないかなぁ」

 そんな彼の気の抜けた様な言葉に、北方はあからさまなため息で答え、他の者は放置していた事務仕事を初めてしまった。

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