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 午後から翌日、紗江子を検察に贈るまで、強行犯捜査係は正にフル回転だった。

 署長への経過説明、容疑を殺人に切り替えた逮捕状の請求、調書などの書類の作成、等など。

 おまけにマスコミ対応まで加わって当然の如く昼飯抜き、夜半に何とか時間が出来そうだったので、合間を見て席を外し、階段の踊り場で下校途中であろう娘の携帯に電話をする。

「今夜、家で打ち上げしたいから、段取りしといてや、みな昼抜きやったらから、なんかお腹いっぱいになるもんがエエなぁ」

「うん、解った、そやったら海鮮山盛りのちらし寿司で勝負するわ、飲み物はそっちで頼むで」

 娘の答えに微笑みながら携帯をしまうと、知らぬ間に北方やってきて居り、不満そうな顔で睨んできているのに気がつく。

「何や、ちらし寿司は不満か?」そんな彼の言葉に軽く転けてみせたあと。

「係長、なんで取り調べの時、岡本茂子の証言の、一番肝心な部分を使わへんかったんですか?」

「肝心な部分?ああ、清子さんが『娘が訳の解らん薬を私に飲ませてる』って言うてはった所やな」

「解ってるんやったら、なんで紗江子に突きつけへんかったんです?あれこそ、抗コリン薬の服用は清子の意志やなかった事を示す重要な証言やないですか、つまり、清子に頼まれて薬を買って与えてたいう紗江子の証言と極めて矛盾する点になって、彼女を徹底的に追い詰められたはずやのに、もし、あんな本人の動揺に期待するような危ういやり方で、落へんかったらどないするつもりやったんです?」

 そう、まくし立ててくる彼女から、上体を逸らして逃げるような姿勢を取りつつ。

「まぁ、あれはそうなった時の最後の切り札で取って置いたんや、それに、僕は彼女の自身が犯したホンマの過ちに気づいて欲しかった言うのも有るな」

「ホンマの過ち?」そう不思議そうに問う北方。

「清子さんも紗江子さんも、ともに大好きな人を亡くした同じ悲しみを共有する必要の有る人やったのに、残念ながら紗江子さんは清子さんに憎しみを抱いてしもうた。もっと対話してれば、もっと相手の気持ちを真剣に考えれば、無いはずの事件やったんや、これは」

 しばらく原田の顔を眺めながら、北方は彼の言葉を咀嚼していたが、ふと思いついた疑問を口に出す。

「でも、紗江子に取っては、清子を憎んだままで居った方がまだマシなんちゃいますか?ホンマは殺したらあかん人を殺してしもうた思う方が、辛いような気が」

「それでは償いなんてでけへんと思うな。自分勝手な理屈を抱いたまんまで、罪を償うなんてでけへん。どんなに辛ろうても、自分のやった事の本当の結果と向き合わなあかん」

 そう最後は独り言のような口調で言葉を締めくくり、「さて、残りの書類、片付けるかぁ」と背伸びをしながら、原田はデカ部屋へ戻っていった。

 北方は「これから、しばらく、こんな上司と付き合わなアカンねんなぁ」と、悪態を付きつつ、何故かその彼の背中を愛おしい気に眺めていた。


 再び手錠、腰縄姿になった紗江子を、原田と北方が駐車場へと連行する。地検に向かうマイクロバスに載せるためだ。

 二人にはさまれ廊下を歩きながら紗江子が言った「原田さん、お嬢さん、お名前、なんて言うんですか?」

「佳織です、ニンベンに土二つと、機織りのオリで佳織です」と、躊躇なく答える。

「佳織ちゃんかぁ、可愛いお名前ですね、私、子供作るの怖かったんですよ、私を捨てたあの人の血を受け継いでますから、絶対に自分も子供を捨てることになるやろうなって、ま、結果的にそれで良かったんですよね、もし、子供が居ったら、人殺しの子供になってしもうてたやろうから」

 エレベーターに乗り込み、締まりつつあるドアを眺めながら、紗江子はそう、寂しそうに笑って言う。

「それは、どうですかねぇ?」と原田、紗江子は驚いて思わず彼の顔を見つめる。

「子供が百パーセント親の性格を受け継ぐとは限りませんよ、ウチの娘がええ例です。母親より責任感が強うて、父親よりしっかりしてる」

 ドアが開き、エレベーターを出る。駐車場へまっすぐ伸びる廊下を進む。

 外に出ると夏の終わりの日差しがまだまだ暑く三人に降り注ぐ、長時間、陽の射さない留置場に居た紗江子が、思わず目を細めた。

 護送係の警察官が彼女に向かって進んでくると、思い出したように紗江子は言った。

「親子の血のつながりが、その子の性格に影響せぇへんのやったら、育った環境がその子の運命を決めるんでしょうかねぇ、私は、父を愛しすぎ、父に愛されすぎたから、こんな罪を犯してしもうたんでしょうか?」

 原田が答えを探している間。護送係が彼女の手を引き腰縄を持ってバスに戻ってゆく、昇降口の前に立ち、見送る二人に深々と頭を下げる紗江子。

 そんな彼女に、原田は答えを返した。

「血も、環境も、最後は関係ないかもしれません、結局は自分です。あなたはこれから時間を掛けて、血も環境も越えて、自分を取り戻してください」

 乗り込む前に、紗江子はまた深く頭を垂れた。その時、彼女の足元に一滴、二滴、と、雫が落ちた。

 アスファルトに残された涙は、晩夏の日差しに曝され、昇華していった。


 この度は、拙作に最後までお付き合い頂き、誠に有難うございます。河内の三文雑文書き、山極由磨で御座います。

『コトダマ』第五号に参加させていただくに当たり、『概念』というお題を頂戴した折、私の脳裏にまっ先に浮かんだ『概念』が『殺意』で有りました。

 極めて殺伐とした『概念』では有りますが、別に常日頃誰かをぶっ殺してやりたいと悶々としておる訳では御座いませんのでご安心を。

 以前から。次回、もし機会を賜われるのなら、読むのも書くもの大好きなジャンルである刑事モノで勝負したいと考えておりまして、刑事モノといえば、主人公は殺人などの強行犯を追う本庁の捜査一課か所轄の強行犯捜査係、その彼らが常に向き合う概念が『殺意』であることから、これで行こうと決めた次第であります。

 ただ、本作には、血も凍る猟奇殺人犯も、硝煙香る銃撃戦も、あっと言わせる謎解きも出てまいりません。

 泥臭い所轄の刑事たちが、極めてローカルな舞台で、少し不可解な事件を、日々の職務や組織の軋轢に揉まれながら、地道に捜査し、着実に証拠や論拠を固め、被疑者の心の内面に肉薄し、事件の解決を目指すかなり地味展開な警察小説です。

 けど、小説は人間を書く事に意味が有る。と、常日頃から考えている私が一番書きたくて、一番読んで頂きたいスタイルの作品がコレである事は確かです。

 皆様のお口に合いましたかどうか?

 さて、本作に登場した恵美須署強行犯捜査係の面々、昔からの持ちキャラではなく、今回の為にひねり出したキャラで有りますが、書いているうちにだんだん愛着が湧いてまいりました。

 気が弱く引っ込み思案だけど、いざという時には気骨を発揮する原田係長、勝気でイラチで仕切り屋の北方主任、クールで自己中な白川、対人関係に気を使っう曽根、天然系の小磯、出世と保身しか頭にない平戸署長、頼りになる藤本課長、そしてお父さんにツンデレな佳織・・・・・・。また彼らが活躍する場を設けたいな。と、少々真剣に考えております。

 最後に、三度も皆様にお会いできる機会を用意して頂いた文芸サークル『文机』の主催者、想 拓誌様、並びにメンバーの皆様に心よりの感謝を申し上げます。


 平成二十四年十月十五日 大阪・河内野にて 山極 由磨

   

参考文献

 

「刑事捜査バイブル」北芝健 監修 相楽 総一 著 双葉社 刊

「捜査一課秘録」三沢 明彦 著 新潮社 刊

「殺人捜査のウラ側がズバリ!わかる本」謎解きゼミナール 編 河出書房新社 刊

「刑事生活安全ハンドブック」警察実務研究会 著 立花書房 刊

「別冊ベストカー・警察マニア!」講談社ビーシー 講談社 刊

「カラー&図解ですぐわかる・科学捜査」主婦の友社 刊     「警察官という生き方」洋泉社MOOK 洋泉社 刊            




 本作は完全なフィクションであり、

登場する個人、団体、組織、地名等は、

全て架空の物です。

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