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紗江子は明らかに動揺し、口に手を当て、視線を泳がせ、頬の筋肉を痙攣させる。
原田は構わず続けた。
「昨日、うちの刑事を根本道場に向かわせて、お義母様と仲の良かったベテランの信者さんに話を聞かせました。お義母様、亡くなった時、経典を二冊持っておられたでしょ?それが不思議でしてねぇ、で、聞いてみたら、一冊は常に持ち歩くもんで、もう一冊の綺麗な装丁のものは、家に大事に置いておくものやって、それで、それを持ち出す言うことは普通ありえへん、多分、講に返すつもりやったんやないか、つまり、講を抜けようとしてたんや無いか、と答えて頂きました。で、お義母様、その信者さんに今年の春頃、言うてたそうです。『一生懸命信心したけど、結局息子を死なせ、嫁に恨まれるようになった。私の因果は講の力をもってしても浅くなるどころか深くなるばっかり、こうなったら、他力本願は諦めて、息子の菩提を弔うつもりで、嫁の憎しみを一身に受ける。講をやめようと思う』って」
紗江子の唇が、痙攣したように「そんな、アホな」と動く。原田は構わず続ける。
「勿論、その信者さんは、清子さんは息子さんが無くなったんで動揺してそんな事口走ったんや、と、思うたそうです。何とか必死で説得して、その場は収まったそうですけど、結局それ以降根本道場には姿を見せんようになって、それから暫くして、清子さんの訃報を聞き、刑事が根本道場までやってきてビックリしたって、そりゃ、『娘の恨みを一身に受ける』と聞いてた位ですから、何事かと思うでしょうね、それで、やって来たうちの部下に話そうとしはったんですけど、その時は周囲の目があって言い出しきれんかった。と、仰ってました」
「嘘です、そんなん」口元を抑えた手から、そんな紗江子の声が漏れる。
「いいえ、嘘やないです。お義母様を講に誘った岡本茂子いう信者さんです。紗江子さんもようご存知の方でしょ?ご主人との結婚の時、仲人替わりしはった言うてはりましたよ」
そう、原田が諭しても、紗江子は「嘘、嘘やわ」と呟き続ける。
「紗江子さん、お義母様は、確実に貴女に恨まれてると認識してはりましたよ、その証拠に茂子さんに告白し、講を抜ける決心を固め大事な経典を返そうとした。総先達さんの直接の指示でも無いのに、あなたに言われるがまま大量の御仙水を飲み続け、抗コリン薬も服用し続けた。これ、全部、あなたへの罪滅ぼし、あなたからの復讐を甘んじて受けようとしてたからや無いですか?」
「そやったら、私のして来た事は何やったんですか?」
呻くような彼女の言葉に原田は勿論、タイピングの最中だった北方も手を止め注視する。
「涼一さんは、お義母さんが好きやったから、お義母さんを悲しませとう無かったから、効果もないことを知ってて御仙水を飲み続けて、死んでいったんです。それで、今度はあの人が、私が自分を憎んでてることを知ってて、私の言うこと聞いて御仙水を飲み続けた言うんですか?あーあ、あほらしい!それやったら、私もあの人と一緒ですやん!知能の低い、馬鹿な女ですやん!」
最後は半ば悲鳴のような喚き声になっていた。硬い拳をつくり、髪を振り乱して激しく机を叩き、肩をひくつかせ嗚咽を漏らす。
原田は、しばらくその儘にしておいた。北方が目配せを送ってくるが、首を横に振って答える。落ち着くまで放って置こう、と。
暫くして、嗚咽も収まったので、原田はおずおずと声をかけた。「紗江子さん」
彼女はゆっくりと顔を上げ、身を乗り出す原田の目をしっかりと見つめて、言った。
「全部、原田さんの言いはる通りです。私はあの人を殺すつもりでした」