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白川が持ち帰った逮捕状と家宅捜索令状を手に、原田と北方は紗江子の待つ取調室へ。
大人しく座る彼女の前にそれを開いて見せた原田が宣言する。
「岸川紗江子さん、十五時五十分、あなたを業務上過失致死の容疑で通常逮捕します。また、この容疑に伴って、あなたのお宅の家宅捜索も行います。ええですね?」
北方が紗江子の細い手首に黒鉄の手錠をはめ、腰縄をうつと、彼女は深々と頭を下げ「お手数を掛けます」
その言葉に反応して原田が言った。
「今から、あなたが検察庁に送られるまでに四十八時間、時間の猶予があります。その間、もしお知り合いで弁護士の先生が居られるんやったら、お呼びいただいて結構ですけど」
紗江子は頭を振って「主人の事を相談した先生は居ますけど、不義理したんで、今更は・・・・・・」
「そやったら、当番弁護士いう制度も有るんで、よかったら利用してください。あと」そこで言葉を切り、紗江子の瞳を覗き込むように見つめて原田は言う。
「私らはこれからまだ、あなたのお宅の家宅捜索と並行して、この逮捕状の罪状で送検してええのか、時間ギリギリまで調べるつもりです。今、この段階で何か仰りたい事は有りますか?」
自分を注視する原田の目を覗き返すように、今まで見せたことの無い強い視線を返しながら、紗江子は答えた。
「何にも、有りません。さっき、自分の家で話したことが、私のお話せなあかん事の全てです。それとも、刑事さん、私、まだ何か嘘を付いてるとお思いなんですか?」
「はい、あなたはまだ、話さなあかんことを話してはれへん。私はそう、考えてます」
間髪入れずに帰ってきた原田の答えに、紗江子は一瞬、目を見開いたが、しばらくすると従前の穏やかな表情に戻り、寂しく笑って。
「一辺、嘘付いたら、言うこと全部嘘や思われますねぇ、まぁ、しゃぁ無い事ですけど」
と、また頭を下げた。そして、やって来た警務課の留置係員に伴われ、留置場に向かった。
デカ部屋に戻ると、北方と白川は鑑識係とともに岸川家へ家宅捜索へ。残る原田は送検に備えた書類の準備。本来なら係の部下に分担させてする作業だが、今ここにいるのは彼一人。
自宅に電話を入れ「お父さん、今日もまた徹夜やわ」と娘に告げる。帰ってきた答えは「税金と電力の無駄遣いやな」苦笑しながら受話器を置く。
その後、パソコンを立ち上げ延々と書類作り、クタクタになって北方と白川が戻ってきた夜の九時頃まで続ける。
二人が押収してきた物件を見に署の八階にある道場へ。ビニール張りの畳の上に並べられていたのは、『御仙水』入りの大量の水入りペットボトル。『聖山遥拝講』専用の祭壇や燭台などの祭具一式、作務衣数着、紗江子の使っていたと思われるパソコン等など。
ハウスダストで黒ずんだ白手袋を剥がしながら北方は、伏し目がちに原田に言った「メモやノートの類、パソコンのログ、全部調べましたが、コレといった物は何にも・・・・・・」
その後ろで白川が、あの皮肉っぽい笑いを見せながら「あの頭のエエ女が、何か残す思うてましたか?」
殴りかからんばかりの物凄い勢いで北方が振り向いたので、白川は慌てて飛び退く。原田は穏やかに笑って「二人とも、ともかくご苦労さん、ま、デカ部屋戻ろか、なんか出前でも取ろ」
戻ってみると、待っていたのは佳織。父親の椅子に偉そうにふんぞり返って居る。デスクの上にはビニールの風呂敷に包まれた大きなタッパーが二つ。
「地方公務員の寂しい懐を気遣って、お夜食持ってきたで」そういって自ら包を開くと、中には彼女の拳大の肉巻きおにぎりがびっしり。
「佳織、毎度まいど悪いなぁ」と原田「佳織ちゃんホンマありがとう」北方が彼女の頭を撫でる。白川までもが「君、エエお嫁さんになるで」
その後、同じフロアーに居た鑑識係や盗犯係の宿直にもおすそ分けし、肉巻きおにぎりを全員で頬張る。
醤油ベースの漬けだれの隠し味は少量のポン酢らしく、適度に爽やかな酸味のおかげで冷えても充分に美味い。あっとゆう間に消費されそうだったので曽根と小磯の分を慌てて取り分ける必要が有った。
佳織が空っぽになったタッパーを携え帰り、デカ部屋が再び静かになってから三時間後。曽根と小磯が帰ってきた。
小磯は少々筋肉がなれているから少しはマシで、何とかスムーズに歩けていたが、曽根は合計三時間の山歩きが相当答えたらしく、デスクや椅子を伝って進まねばならない程。
それでも急いで報告したい案件があるらしく、必死の思いで原田の前まで来ると、興奮を隠しきれない様子で言った。
「やっぱり係長の睨んだ通り、小磯が言うてた信者のおばちゃん、えらいこと知ってはりましたわ!」
思わず三人は椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
必死の形相で今日の成果を語る曽根の背後では、これまた必死の形相で肉巻きおにぎりを貪る、本来の功労者である小磯が居た。