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 恵美須署に原田と北方に伴われてやって来た紗江子は、その後四階の取調室に移され、そこで便箋とペンを要求し、眉間に皺を寄せる北方を目の前にして「私、岸川紗江子は、義母、岸川清子が死亡した件につきまして、私の過失が原因に有った事を認め、その旨を上申致します」との一文から始まる、署長宛の上申書を書き上げた。

 中身は、過去は水中毒の危険性を認知していたが、いつしか忘れてしまい、結果、義母の死を防げなかったことは、自分の過失であり、その責任を逃れるため、刑事に嘘をついた。という、つまりは原田や北方相手に自宅で語った内容を簡潔に分かりやすくまとめた物で、その出来栄えは小磯をして「私の書いた書類よりよう出来てますね」と言わしめる程。

 そんな間抜けな寸評に対し、白川は吉本ばりの後頭部への張り手で答えたあと、デスクを睨む北方に冷たい視線を飛ばしながら原田に。

「ま、あの紗江子いう女、中々のワルちゅう事ですな、係長、ヤられましたね」

 腕組みし、天井を睨み「うーん」と唸るだけの原田に代わり、小磯が抗弁する「そやけど、過失は認めてますやん」

「過失はな、ただしおかげで我々はあの女を殺人で送致するのは難しなった言う事や、これで水中毒は知らんいう主張を押し通してくれたら、まだその話の内容と、我々の抑えた証拠との矛盾を論拠にして取り調べでも押しまくれるけど、早々と過失を認められたら、これ以上ツッコミどころがあれん、なんせコッチには紗江子に殺意が有ったいう客観的な証拠が何もないんや、そりゃ、過失致死いう事になれば遺産や保険金は受け取れんかもしれんけど、何十年も懲役を喰らうことは無いわ、肉を切らせて骨を断つ戦法やな、ホンマあの女、頭もええし度胸もあるわ」

 白川の反撃に小磯に代わって曽根が対抗する。

「そやけど、紗江子の今までの生い立ちや、一年前の突然の心変わり、義母との確執なんかを材料にして、動機有りちゅうことで送致は出来ませんかねぇ?」

「そんな状況証拠ばっかしやったら、俺がもし検察官やったらつっ返すわ、ええとこ業務上過失致死で起訴やな、いや、根性のない検察官やったら過失致死だけで行くかもしれん」

 二人の遣り取りを黙って聞いていた北方は、デスクを睨んだまま原田に言った。

「係長、このままやったら白川君の言うたとおり、業務上過失致死か過失致死で送検されますよ。最高で五年以下の懲役、最低で百万円以下の罰金、ただの過失致死やったら五十万円以下の罰金ですよ。死刑もありうる殺人とは大違い・・・・・・。ええんですか?」 

 原田は腕組みを解き、顔を北方に向け、その目を覗き込むように見つめ答えた。

「あかん、あかんな。絶対にあかん」

 その、静かだが強い口調に部下たちは思わず原田を注視する。

「確かに、白川君の言うとおり、紗江子さんは頭もええし強い人や、でもホンマの彼女は、僕が調べた範囲では幼い頃に母親に捨てられて、父の手一つで育てられる中で、強烈な父性に対する思慕の情を募らせていった、根は優しゅうて素直な人の筈や、そんな彼女を、今みたいな状態にしたのは、大好きやったお父さんの姿を投影したご主人を、義母の清子さんに奪われたいう憎しみや、もし、過失のままで起訴したら、その憎しみだけで出来た彼女がその儘になる。何としても彼女自身が自分のやった事を認めて、本来の彼女を取り戻してもらわなあかん」

 そして、一呼吸おいて小磯の方を見て言う。

「なぁ、自分、白川君が洞川の『根本道場』に行った時の報告の後、なんか言いたそうにしてたなぁ?あれ何やったんや?」

 突然話を振られた彼女は「へぇ?」と目を見開き自分を指差す「何か、気ィ付いた事でも有ったんか?なんでもエエから言うてみ?」と促され、やっと口を開く。

「ええっと、あの時、私らを案内してくれた信者さんのおばちゃんが居ったんですけど、何か私の顔を見るたんびになーんか言いたそうな顔してはったんですよ、でも、歩き疲れてしんどかったんと、生まれて初めて聞き込みなんてした緊張で、何にも聞けずじまいで、それに白川さんが『お前は変なこと言わんと黙って俺の横に居ったらええ』いいはったんで・・・・・・」

「白川君!」北方の怒声が飛ぶが、彼自身はあさっての方向を向いて相手にするつもりはない。

「小磯君、悪いけど今すぐにでもっぺん『根本道場』へ行ってくれるか?そのおばちゃんに話を聞いてみてくれ、曽根君、君、ついて行って小磯君をサポートしたってくれ」

 原田の指示に二人は慌てて支度を始める。正に飛び出すようにデカ部屋を出てゆく二人の背中を見送ると、彼はゆっくり立ち上がり。

「さてと、僕は今から課長と相談して、とりあえず紗江子さんを業務上過失致死の容疑でオフダ(逮捕状)とガサ状(家宅捜索令状)を請求する段取りを取るわ、白川君、請求書作ってくれるか?許可が下りたら裁判所へ走ってくれ、主任は僕と一緒に課長に事情を説明しょ、その後、多分、署長から怒鳴られるやろうけど、まぁ、仲よう怒られてくれるか?」

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