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女奉行捕物帖  作者: 浅井
仲夏一番!
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料理決戦

 東西決戦で用意された食材は様々だった。

 野菜は胡瓜にニンジンにえんどう豆、萵苣やタケノコといった旬の食材、魚はカツオ・イサキ、カンパチなども揃えられている。並ぶ食材の中には豚肉まであった。曲輪年寄の徳兵衛が揚屋に用意させたらしい。


「これだけあれば十分よね。思う存分決闘してちょうだい」


 義親と龍三郎を見かけると徳兵衛は二人に微笑みかけた。試合の前から気分が悪くさせただろう。

 どこで漏れ伝わったのか分からないが、この対決を見るべくやって来た見物人たちもかなり多い。幅3間ほどはあろう目抜き通りは人で溢れかえっている。


「……何がええんか。向こうの御馳走でも食べさせてあげりゃええんか」


 そんな周囲の盛り上がりっぷりとは対照的に、龍三郎は落ちに落ちていた。

 料理の腕は最低限のことは出来るぐらいまでには上達した。しかし、何を作るか決まらないまま当日を迎えてしまっていた。


「ここで聞くのもおかしな話かもしれないけど、ウリ坊、お前は凛に何を食べさせかったんだ?」

「もちろん故郷の味です。 ……オレかて阿呆やない。凛がこの国の子やないことくらいは分かっとりました。だからこそ生まれた土地の料理を食べさせたかったんです」


 対決への緊張で手先は震えているが、発した言葉はしっかりとしたものだった。


「最後に質問させてくれ。仮に龍三郎が男娼として海外に売られたとする」

「こんな大事な時に何ゆうとるんですか。んなわけ……」

「……これが料理を作る上で最も重要なことだ。最後まで聞きなさい」


 義親は真剣に言う。小さくなる龍三郎は頷くしかない。


「たまたまいい所のお嬢さんが龍三郎を助けてくれた。そのお陰で晴れて自由の身だ。その去り際、そのお嬢さんは何でも食べさせてあげると言ってきた。さて、あなたはまず何を食べたいと思う?」

「そ、そりゃぁ、ずっと慣れ親しんだ料理です。別に豪勢なモンやなくてええ。一口食べて故郷を思い出させてくれるような……」


 答えた言葉の途中で、龍三郎も何かに気が付いたらしい。目を大きくしてハッと顔を上げた。


「お前の料理の腕は悪くない。剣の腕と比べたら料理の方が数段上だ。何事も真剣に取り組めば出来るんだぞ。自信を持て」

「……最後にいいたかったんはそういうことですか。わかりました。やり切って見せます」

「それじゃ、健闘を祈ってるからな」


 背筋を伸ばして調理台へと向かって行った。先ほどまでの震えは止まり、固く握られた拳からして意気は十分。目つきも悪く無い。

 その決死の背中を見送ると義親は立会人席へと戻ってゆく。


「……この一週間強、お互い大変でしたな」

「ハハハ、そりゃぁもう。お互い大変で」


 立会人席に着くと彦次郎が話しかけて来た。

 面倒事から始まった勝負だが、立会人の仕事を放棄してまでの勝負にまで発展してしまった。本人たちの思惑は別としても、見物人達からしたら東西奉行所対抗戦と見られている。

 その証拠に隣に座る彦次郎の目は笑っていない。合戦の行方を見守る冷静な目だ。冗談めいた感情などは一切感じない。


「二人とも準備はいいようね。それじゃ、始めてちょうだい!」


 徳兵衛の作られた甲高い声とともに、どこからか持ち出された銅鑼の音が遊廓中に響き渡った。

 今ここに、遊女を巡った料理対決という名の東西奉行所の代理戦争が始まる。






 合図とともに両者は一斉に調理を開始する。

 西町奉行所同心、瓜原龍三郎は深く息を吐くと、口を真一文字に結んで調理を始めた。

 龍三郎は用意された寸胴にハマグリの干物を一緒に入れて弱火で煮詰め始める。その間に生姜を細長く切り刻んだ。


「しかし、あの稲田という男、派手に料理をするものだ……」

「……イナっ子の野郎、いや失礼。ウチの稲田ですが、実は料理が得意だったらしいんです。だからこそ、何か旨いものを食べさせたかったとか。まぁ、自分が得意なものを披露したかったんやろうな」


 彦次郎が誇らしげに語るように、それに比べて東町奉行所同心、稲田晋太郎の料理はとにかく派手だった。

 小気味よい音を立てて野菜をざく切りにすると、油や醤油・味噌と一緒に平底の鉄鍋へ放り込む。

 一緒にぶつ切りの肉を放り込むと、鉄鍋を片手一本で振り回して炒めはじめた。放り込まれた食材は鍋の中で互いの持ち味を出し合いつつ絡み合う。

 晋太郎の手捌きは付け焼き刃である龍三郎の比では無い。職人顔負けの腕前である。


「ほれ、これを食べさせたかったんです。凛の故郷の味や!」


 皿に盛られて出されたのは肉野菜炒め。嗅いだだけで食欲をそそられる匂いだ。

 色どりも悪く無い。ニンジン、萵苣、タケノコの緑黄色に、細切れの豚肉がよく調和されている。梅雨の切れ間の日光を受けて料理が光って見えた。


「お、美味しいでス……」


 審査員席にちょこんと座る凛も顔を綻ばせた。凛が見せためいいっぱいの笑顔は確かに可愛らしい。龍三郎と晋太郎が入れ揚げるのも分からなくもない。見物人達からどよめきの声が生まれた。

 そして、同じ料理が義親の目の前に運ばれる。


「それじゃ、いただきます……」


 義親は野菜と肉を箸でひと摘みして口に運んだ。

 その一口だけで分かる。美味い。とにかく勢いがいい。なんてことない時に、この料理の味を思い出してしまうかもしれない。そんな病みつきになる味である。

 大量の油を用いられているが味はくどすぎない。べらぼうな火によって余計な水分が飛ばされていたのだろう。

 それに加えて、ニラ・ニンニク・ネギ・肉と仏教では禁忌された食材だが、そんなことがクソ食らえのように思えてしまう。こんな美味いモノを食べないなんて人生の半分は損しているかもしれない。それらの食材と味噌が上手く組み合わさって味に深みを増させた。菜種油とごま油も良い塩梅だ。


「確かに美味い。稲田、刀はからっきしだけど料理は大した腕だな」

「へへ、小峰様にまで褒められるとは。恐れ入ります。和の食材に中華風の濃い味付け」


 その一口を皮切りに義親の箸は自然と進んだ。味も濃いのでとにかく米が欲しい。一緒に食べれば数杯は行けるだろう。

 事実、徳兵衛は使用人に頼んでどこからか米を用意させたようで、出された炒め物をおかずに米をカキ込んでいる。


「おい瓜原とやら。これが本場の中華で凛の故郷の味なんじゃ。お前にこれが出来るんか?」


 満足そうに腕を組む晋太郎は対面で出汁の灰汁を取る龍三郎に向かって吐き捨てる。

 あの本に書かれていた料理そっくりだった。


「確かコレですよね『回鍋肉』。これに稲田なりに手を加えたんでしょう」

「大正解や。さすがは西町部奉行所きっての俊英ですなぁ。この本を探し出したんか」


 横で料理に舌鼓を打つ彦次郎は懐から本を取り出した。

 煤けた表紙に書かれているのは『随園食単』。義親が買い求めた本と同じモノだった。


「しかし、この味付けは予想外でした。食べただけで、見たことの無い清国の活気に満ちた市場を想像させてくれます。内山殿のご指示ですか?」

「いや、ヤツが選んだ料理です。ま、どうなるんやろかはわからんな」

「……ふぅ。ごちそうさまでした。晋太郎のはいいわね。オトコ臭い味付けも悪く無いわ。それじゃ、龍三郎の方はどうなのかしら?」


 徳兵衛は油でベトベトの口を満足そうに紙で拭うと視線を龍三郎へと移した。

 龍三郎は依然として鍋を見つめるのみだ。肉と野菜の炒め物が観客達の歓声を生もうが気に止めることは無い。黙々と寸胴から灰汁を取っては捨て取っては捨ての繰り返しである。

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