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女奉行捕物帖  作者: 浅井
夏風に咲く徒花
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稽古と告白

 翌朝、忠景が道場に行くと、秋が佐吉を始めとした子供らを稽古していた。

 小さな四肢を必死に振り、子供たちが竹刀をふるっている。


「柳生殿ですか。ちょうど良かったです。子供たちの稽古を手伝ってもらえませんか?」

「別にかまいませんが……」


 忠景は頭に手をやり、恐縮しながら答える。剣は嗜むが、教えたことは無い。それ以上に、忠景は小さな子と接する機会も無い。

 すると、佐吉が忠景の元に歩み寄って来た。


「けっ! お前みたいなへなちょこなんかに教わりたくないわい!」


 キッと睨みつけながら、佐吉は手にしていた竹刀を忠景へ向けて毒づく。

 なぜだかあった当初から忠景は佐吉に嫌われ続けている。佐吉に何をしたという訳でもないのだが、ただ漠然と嫌われ続けている。

 すると、秋が佐吉の頭を叩く。


「……ったく、相変わらず佐吉は口が悪いんだから。ほんとにゴメンなさいね」

「い、いえ、気になさらずに……」


 秋は軽く叩いているつもりなのかもしれないが、腕のキレっぷりを見る限り、あれは相当痛いだろう。

 なんせ、軽口を叩いていた佐吉が、その場にうずくまって小一時間ほど動けなくなったほどだ。


「それじゃあ、稽古を続けるわよ」


 両手を小気味よく叩くと、忠景が来た前のように稽古が始まった。

 秋の稽古は丁寧な物だった。

 忠景も指導を受けているのだが、それとはまた別に丁寧な指導を行っている。

 構えが違ければ、握り方からしっかりと教える。その口調も師匠と言うよりかは、近所のお姉さんであった。


「ゆっちゃん、竹刀の先っぽをもうちょっと上げるんだよ」

「うん! 秋姉ちゃんありがとう!」


 町の子供たちも、素直に秋の話を聞き慕っている。


「秋殿はきっと良い母親になるだろうな……」


 忠景は思っていたことを思わず言ってしまった。

 隣で一緒に稽古をつけていた秋の顔が見る見るうちに赤くなってゆく。


「ああ! 秋姉ちゃんの顔が赤くなってる!」


 子供たちもそれに気がついた。


「ちょっ、柳生殿、何を言うんですか!」


 忠景の言葉を受けて秋は赤くなる。まさしく秋真っ盛りといったところだ。


「い、いや、別に思ったことを素直に……」


 普段は秋の乙女らしい顔に、忠景は自分でも何を言っているのか分からなくなる。

 そんな初心な二人を見て、子供たちはニヒニヒと笑いだした。


「秋姉ちゃんも歳なんだから、柳生先生と結婚しちゃいなよ!」


 子供の一人が笑いながら言う。

 すると、周りにいた子たちも同じような事を一斉に言いだした。


「秋姉ちゃんと柳生先生ならお似合いだって!」

「そうだよ! 結婚しちゃいなよ!」


 子供たちの素直な言葉に、二人は戸惑いっぱなしだった。

 特別に悪意がある訳でも無いので怒鳴ることも出来ず、口には出せないが悪い気もしない。

 すると、道場に周作がやって来る。


「あれ、なんか楽しそうなことになってるね」


 子供たちに囲まれてワイワイやっている姿を見ながら、竹刀を片手に持った周作がニヤニヤとしながら歩み寄って来る。

 そんな周作に一人の女の子が駆け寄って来た。


「ねえおじちゃん、あの二人結婚するんだって!」

「お、おじちゃんだぁ? ……って、あの二人って結婚すんの?」


 おじちゃんと言われて腹が立つよりも、そのあとの言葉に目がいったようだ。

 周作は細い目を丸くして、二人を見つめる。


「おい、誤解だぞ」

「そうです、私はまだ結婚なんて……」


 忠景と秋は誤解を解こうと必死になる。二人の顔は真っ赤に染まり、額から汗が滴り落ちる。

 そんな面白い二人の姿を見て、周作がこの流れに乗じないはずが無い。


「そうかそうか。お嬢ちゃん。あの二人の将来を祝おうぜ」


 女の子の頭を撫でながら、二人を見つめた。

 その目は紛れもなく、忠景らを小馬鹿にしている目をしている。

 子供たちを叩くわけにもいかない。二人の気持ちの矛先は周作へと向けられ、こぎみよい音が道場内に響く。


「……ったく、いい加減にしろ。それよりも稽古を手伝ってくれないか」

「っててて。あ、ああ。構わないぞ」


 叩かれた頭を押さえながら、周作は子供たちの側につく。

 ふざけていた先ほどと違って、周作は手取り足捕り剣術を子供たちに教えていた。

 腐っても一刀流の道場主。周作の稽古は上手な物だった。 教わる子供たちの動きが、誰の目でもわかるように見る見るうちに変わってゆく。

 秋もしっかりと教えていたのだが、周作の教え方はそれを超える。


「おお! いいね、お嬢ちゃん! 剣術ってのは、その型が基本になるんだ。それさえ極めれば、大体の男には勝てるぜ」

「おじちゃん、ありがとう!」


 子供たちも喜んで周作の言葉を聞いている。この子供たちの中から一刀流の後継者が出てもおかしくないくらいの上達っぷりだった。下手くそな浪人であれば、この子供たちが勝つかもしれない。

 そうこうしていると、夕暮れになる。格子窓から赤い光が漏れ、鐘の音が鳴り響いた。


「それじゃ今日はおしまい。またいつでも来てね」

「はーい! 秋姉ちゃんに樋口のおじちゃん! ありがとう!」


 キャッキャと跳ねながら子供たちは家へと帰って行った。






「それじゃ、俺たちも帰るか」

「はい。今日はありがとうございました」


 秋は深々と頭を下げた。


「いやいや、秋殿が頭を下げることはありませんって。なんせ俺たちは弟子なんで。いつでも頼って下さいね」


 周作はそう言うと、少し離れた場所にいた忠景を無理やり手繰り寄せて肩を組んだ。


「やっぱり男の人は羨ましいです」

「どうしたんですか?」


 秋は二人の姿を見てぽつりと漏らした。


「私は稽古ばかりしていました。周りの子たちが手毬やあやとりをしている中、ずっと竹刀を振ってました。そのせいか、友達が少なくって」


 二人は黙って聞き、秋も淡々と話す。


「本当に嬉しかったんです。幼馴染みの弥七以外に弟子ですけど、仲良くできる人が出来たんだって……」


 普段は気丈に振舞う秋に、そんな葛藤があったとは露程にも思っていなかった。


「私もお友達が出来たらきっと楽しかったのかなって……」


 秋は目を伏せて言う。

 忠景は自らの性別を気にしたことなど無かった。きっと周作もそうだろう。

 男が剣を学ぶことはおかしな話では無い。忠景自身にも同門の友人はいくらでもいる。しかし、秋はどうか。

 年ごろを迎えた娘が剣を学ぶのは数少ない。年ごろを迎えれば、化粧だ男などと共通の話題は違う方向に進んでいく。

 だが、秋は剣術一本で育ってきた。

 そんな中で父親が突然この世を去り、道場を継ぐことになった。更に旗本奴に目をつけられて、何かある度に因縁をつけられる。

 奉行所で同心を勤めている忠景よりも、過酷な生活を送っていたはずだ。


「ここずっと、二人を見ていて思ったんです」

「私たちが何か?」

「二人が一生懸命協力し合っている姿を見て、もう一人で強がらなくてもいいのかなって。前までは”私が強くならなきゃいけない”ってずっと思ってたんですけど、助けてもらいたいときは素直に言えばいいのかもしれないって思ったんです」


 秋は目に涙を浮かべた。


「だから、これからはお二人や弥七に助けてもらいます。迷惑をかけるかもしれませんけど、お願いしますね」


 秋は袖で涙をぬぐった。

 二人にも何か熱いものがこみ上げてきた。


「……秋殿に何かあった際は必ず助けに行きます」

「ああ。俺たちは秋殿に一生尽くして見せますよ」

「ありがとう。でも、常に居られるのはちょっと……」


 秋は涙目になりながらも微笑んだ。

 再度、忠景は秋はいい母親になると感じた。

 今度は口には出なかったが、顔には出ていただろう。無愛想な顔も自然と明るくなる。





「なんか、秋殿と話していたら心のうちがこそばゆくなっちまったな。俺も久しぶりに女房に会って来るわ」

「……結婚していたのか」

「そりゃあ、俺もこの年だからな。お前も早く決めちまえよ」


 周作はにやりと笑い、足早と道場を去っていった。

 忠景も同じように道場を後にし、一人で浅草から雷門を抜けて八丁堀の長屋へと戻っていく最中だった。

 背後から、どこかで感じたような殺気を感じた。


「……誰だ!」


 刀を抜き、殺気の方向へと喉元に突き立てる。


「い、いやぁ、なかなか、す、鋭いんだね……」


 冷や汗をびっしょりとかいた文と好慶が立っていた。


「久しぶりですね。奉行所にも顔を出さずにどうしたんですか?」

「……すまん。どうかしたのか?」

「実は、ちょっと面白いものを見てしまっていてね」


 文はニヒニヒと含み笑いをしながら言う。


「何の話だ?」

「別に隠さなくてもいいんですよ。待乳山聖天での話です」


 忠景はハッとした。

 秋らと待乳山聖天で感じた殺気は、屋山文と森好慶のものだったのだ。


「思い出したようだねぇ。それじゃ一緒について来てもらえるかな?」





 雷門の辺りは仲町といい浅草寺の門前町だ。

 仲町は江戸で有数の歓楽街。日中は浅草寺や東本願寺の参拝経路になっていて、夜になれば寺の人が宴会をし、参拝客はこの辺りで休もうと宴会をする。つまりは居酒屋が多い。

 そんな中、文らは人気の少ない飲み屋に入って忠景を問い詰める。


「それで、あの綺麗な女の人は誰なの?」


 座敷の隅に囲まれるように座らされ、忠景には退路は無い。

 文の言葉に、忠景は困った。

 秋のことを隠す必要など無い。だが、この二人にだけは無性に知られたくは無かった。


「別に隠す必要なんてないじゃないですか。私たちだって困ってるんです」


 好慶も言うのだが、忠景は口を閉じたまま文らを睨み付けた。


「ほう、さすがは南町奉行所の同心だねぇ」


 文は手を叩き、忠景をほめた。

 そのまま、忠景の耳元で囁いた。


「もし隠し通すんだったら、私たちが直に尋ねちゃうよ? 佐々木秋さんの道場にさ」

「なっ! なぜ知ってる!」


 忠景は声を上げる。

 文と好慶はしてやったりと微笑みながら話した。


「そりゃ知ってるよ。私たちだって浅草を調べてるんだからね。それにしても、忠景クンにバレてないなんて、私たちも大したものだねぇ」

「確かに。人一倍用心深い忠景殿に気付かれていない。これは誇れますよ」


 文と好慶の二人は顔を見合わせて喜んでいる。

 目の前で誇らしげな顔を見せられ、忠景はより不機嫌になる。

 忠景はぶっきら棒に言った。


「……それで、今回は何の用なんだ」

「簡単な話。私たちははつちゃんに命じられて宮本小十郎を追ってるの。それで、あなた達と協力したいってワケ」

「浅草は地元意識が強いんです。私たちのようなヨソモノは、話を聞こうとしても断られちゃうんですよね」


 好慶と文は困り果てたように言う。

 二人が奉行所と名乗って聞いたのかは定かではない。しかし、真っ当な人間が浅草の内情について尋ねると嫌な顔をされるものと考えれば、秋に正体を隠したのは正解だったのかもしれない。

 更にこっちは潜り込むことには成功し、小十郎の正体もほぼ掴んでいる。


「いいだろう。その代わりにだな……」

「わかってるよ。あの女の子には近づかない。それでいい?」


 忠景は黙って頷いた。


「それじゃ話そうよ。宮本小十郎に関してさ」


 文はにっこりと笑った。





「なるほどねえ、押し込み強盗の手引きをやってるのね」

「確証は無い。あの一件は本当にたまたま起きたのかもしれない」

「これは大きな証拠ですよ。さっさとしょっ引きましょう!」


 好慶は鼻息荒く言った。

 しかし、忠景と文は冷静なままだ。


「まだ早いわ。もっと決定的な一打が欲しいわね」

「ああ。これだけではまだ足りない……」


 好慶はめげずに言った。


「……お二人がそう言うのであれば仕方ありませんね。この件は政憲様と忠春様に報告しておきます。いいですよね?」

「頼んだ……」


 忠景からすれば二人に話すことは無い。そう言い残して座敷を立とうとした。

 すると、目の前に見知った顔が飛び込んできた。


「なんだ柳生殿じゃないか」

「こ、小十郎殿ですか……」


 忠景が不意をつかれる。


「今日は樋口殿は一緒じゃないんですか」

「い、いやぁ、今日は一人ですよ」


 小十郎は奥を覗こうとするも、忠景は必死に視線を遮った。

 忠景の声に気がつき、座敷に座っていた二人も察したようだ。気がつかれまいと必死に息をひそめた。


「今日はあってもらいたい人がいてね。ちょっとつきあってもらえないか」


 忠景は不穏な空気を察する。これから起きることは、間違いなく簡単にすまされる話では無い。


「……別にかまいませんが」


 忠景も覚悟を決めた。横で隠れている文と好慶も唾を飲んで頷いた。


「よし、それじゃついて来てくれ」


 小十郎は不敵に微笑むと、忠景を別の店に案内した。


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