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女奉行捕物帖  作者: 浅井
梅雨のウェアフェリンド
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尋問

 翌朝、政憲と好慶らは伝馬町の牢屋敷へと向かった。三左の尋問のためである。

 その道中、政憲は好慶に問いかけた。


「もし好慶が幕府を潰そうと思ったらどうしますか?」


 その突拍子も無い質問に好慶は辺りを見回した。幸いにして辺りには人はいなかった。下手をすれば一発でクビが飛ぶような質問である。

 慌てながら好慶は政憲に小声で諭した。


「政憲様、何を仰ってるんですか。」

「まぁいいじゃないですか。それでどうしますか?」


 政憲は気にも留めずに話を続けようとする。好慶も仕方無く答えようと、困りながらも頭を捻った。


「非常に不謹慎な質問ですが答えます。幕府の御政道を正すのであれば上様をご説得なさるか……」


 好慶は突如語るのをやめた。


「おや? どうしたんですか?」

「……上様を殺すしかないでしょうね」


 辺りを見回して好慶は目を伏せて言った。

 好慶からすれば市中で上様を殺すと派手な事を言ったのだが、政憲はつまらなそうな顔をしている。


「ふむ。実に面白みのない答えです。誰でも思いつくようなつまらない答えの上に、私が期待した通りの答えをしてくれました。実に好慶らしいですね」


 政憲は満足げに微笑んだ。

 しかし、このもの言いに好慶もカチンと来た。珍しく政憲に反論をし始めた。


「いやいや、私がつまらないのは別にかまいませんが、私の考えが間違ってるとでもいうのですか?」

「ええ。間違ってます。上様を変えた所で、その周りの幕閣も変えなければ意味はありません。重要なのは取りまきを潰す所にあるんです」


 政憲は終始淡々と喋った。好慶も不服そうにしているが納得のできる答えだった。


「まぁ一理ありますね。だったら政憲様はどうなさるんですか?」

「そんなことを言う訳ないじゃないですか。少しは自分の頭で考えて下さい」


 政憲はニッコリと微笑み、好慶を蔑むような目で話した。





 伝馬町の牢座敷に付くと、長官の石出帯刀に揚屋あがりやへと通された。

 帯刀には髪は無く一見すると、三白眼の冴えない中年男だった。だが、ボロボロの黒羽織姿は如何にも獄吏といったもので、もしも他の色の羽織だったら血染みが酷かったであろう。


「政憲殿、こちらです」


 帯刀は低い声で無表情のまま牢座敷を案内した。

 好慶が揚屋の中を覗くと狭苦しい座敷の中には17.18名の男達が思い思いにくつろいでいた。その中で三左は無表情のまま奥の方で壁にもたれかかりながら政憲の方をニヤニヤとしながら見ていた。


「鈴木三左ぁ! こっちへ来い!」


 帯刀が怒鳴った。怒鳴ると半端ではない大声かつ重低音であった。小さな子供が聞けば夢枕に立って出て来るかも知れない。便所には一人ではいけないだろう。しかし、三左は一向にこちらに来ようとしない。


「三左! さっさとこっちへ来い!」


 帯刀が再度怒鳴るも、三左はニヤニヤと歯を見せて下品に微笑みながら帯刀のことを見ている。


「手前だ! 三左ぁ! さっさとこっちへ来い!」


 三左もからかうのに飽きたのか、腰を上げて帯刀の方へ動いた。


「……なんだ」

「また奉行所からお友達だぞ」

「どうも。またお会いしましたね」


 政憲は三左に向かって二コリと微笑んだ。三左の目つきが見た途端に変わった。


「やっとお偉方が来たか…… 俺はてめえを待ってたんだ。いろんな連中が来たが、あんな雑魚に話す価値なんか無えからなぁ!」

「おやおや、私を待っていて下さるなんて嬉しいですね」


 横で好慶は、三左の不遜な態度に震えているのだが、政憲は全く動じることなく、微笑みながら言い返した。

 三左もその反応に面白がって機嫌をよくして、跳ねながら帯刀の元に駆け寄った。


「おい帯刀! さっさと部屋を移せよ! てめえと違ってこの御方は偉いんだ。待たせるんじゃねえぞ!」

「ったく、減らず口の多い野郎だな。お望み通り連れてってやるよ。さっさと行くぞ!」


 帯刀も三左のような不良囚人の小馬鹿にしたような口調にはもう慣れたものだった。得に言い返すこともせずに黙々と部屋へと連行して言った。






 帯刀の協力もあって三左の尋問には個室を用意された。個室は六畳ほどで、格子窓が一か所ついていた。部屋の表では帯刀が見張っている。

 部屋の奥へと座らされている三左の元に、政憲と好慶がやって来た。


「何度もやったやりとりでしょうが、儀礼的に聞きます。なんでブロンホフ殿を襲ったのですか?」


 政憲は三左の目を見つめて言った。


「おいおいおい。テメェの大丈夫なのか? 俺がそう簡単に言うと思ってんのか?」


 三左も小馬鹿にしたように言った。小馬鹿と言うよりかは、真剣に心配しているようでもあった。政憲のあまりの安易な言葉に隣にいた好慶、部屋の表にいた帯刀も頭を抱えている。

 しかし、政憲はそれを気に止めず話を続けた。


「それもそうですよね。それでは質問を変えます。あなたは異人が嫌いなのですか?」

「別にそんなことはねえよ。まあ金持ちは嫌いだがな」


 三左は窓の方を向いて答えた。


「ほう、金持ちが嫌いなのですか。それはなぜなんですか?」


 政憲は三左の言葉をしっかりと咀嚼して聞き返した。もっと厳しく責め立てられるものかと思っていたのだが、予想外に下手したてに出られた為、三左は普通に言い返してしまった。


「そりゃぁ、俺たちの様な武士が公儀のために果たしてるのに、あいつ等は私腹を肥やして楽しんでいるからに決まってんだろ。アンタもそう思わねえか?」


 三左は得意げに語った。日ごろから幕府の高官と話す機会は無かった。直接文句が言えると踏んだので、それだけに三左は饒舌となっていった。


「確かに一理あります。田沼殿以来、役職は金で買われて、市中の諍い事も上への献金で処理された事例はいくらでもありますからね。その出所は商家が大半です。三左殿の言う通り、普通の御家人には出世の見込みは殆ど無いといってもいいでしょう」


 政憲は素直に受け取った。それには好慶と、表で尋問を見ていた帯刀も予想外であった。

 だが、これは三左のいう通り隠しようのない事実だった。幕府中枢では全てが賄賂で動いている。

 三左も幕府批判をすんなりと受け取られて不可思議に思った。しかし、それ以上に幕府に対しての文句を言う喜びの方が勝った。


「だろ? 俺が思うに幕府のお偉方連中は腐ってると思ってんだよ」

「確かにそうですね。今の幕府は紛れも無く腐っています」


 政憲は何の臆面も無く微笑みながら答えた。三左の表情も見る見るうちに上機嫌となっていった。

 ここにきて公然と幕府批判をする政憲に、好慶は慌てて耳元で諌めた。


「政憲様、あなたまで何を言ってるんですか!」

「好慶、まぁ静かに見てて下さい。あと少しで彼は自爆しますからね」


 政憲は好慶に微笑みかけた。


「何ひそひそやってんだ。三下なんかと話してねえで、アンタの話を聞かせてくれよ」


 三左は居ても経ってもいられず、好慶を無視して政憲に話しかけた。


「だ、だ、誰が三下だぁ?」


 ここに来るまでコケにされ、牢内でも三左にコケにされた。好慶の内に溜まりに溜まった鬱憤が暴発し、三左に殴りかかろうとする。しかし、政憲が好慶の肩を掴んで押さえこんだ。


「そうですね、私がやるのであれば、まずはお偉方への資金の流れを絶つのが最初の一手ですかね」


 政憲は上を向いて考え込みながら話した。すると三左は膝を叩いて前のめりになって言った。


「アンタもそう思うのか。俺らもそう思ってたんだよ」

「ほう。中々面白い所に目を付けられたんですね」


 政憲は三左の考えを褒め、両手を叩いた。

 まさか褒められるとは思わず、三左は少し恥ずかしそうにしながらうっかりと喋ってしまった。


「だから、忠之先生があの商館長と長崎屋を襲うように俺たちに指示されたんだ。幕府への献金絶つには大商人を潰すのが先決だと思われたからな!」


 三左は雄弁に語った。その証拠に忠之は終始笑顔を崩さずに満足げで語っていた。

 しかし、その気の緩みが仇になった。三左は決定的な一言漏らしたのだ。政憲もその一言を逃さなかった。


「中々良い答えですね。大店を襲えば町人以上に幕閣が困りますからね。しかし、それ以上に面白い話が聞けましたよ」

「それ以上って、ってどうしたんだ?」

「”忠之先生”ですか。その言葉をあなたの口から言ってもらえて助かりましたよ。ということは、あなたも水野忠之の一派なんですよね?」


 政憲はニッコリと微笑みながら言い放った。


「あ、あ、あああ!」


 三左は唖然としている。政憲に完全に嵌められたと気がついた。政憲を焼き尽くす程の眼で睨み付けるが、政憲はまったくと言っていいほどに気に止めていない。一度は全く関係ない話で気を許させ、そこに重要な一撃を加える。好慶と帯刀は、政憲の手際の良さに舌を巻いていた。

 そんな彼らの表情に満足をし、政憲は一言だけ言った。


「あなたは中々良い所に目を付けましたね。しかし、こんな重要機密を簡単に吐いてしまうから零落れたままなんですよ。島でじっくり学んでください」





「……ああそうだ。てめえらの言う通りだ。だがな、俺を処分した所で何にも変わらんぞ」

「何が言いたい!」


 好慶が叫んだ。青筋を立てて三左に掴みかかっている。


「俺のような食いっぱぐれの武士はいくらでもいるのさ。今は馬鹿真面目にやってるかもしれねえが、食えなくなったらいくでも出てくるぜ?」

「だ、だからなんだっていうんだ」


 好慶は表情を強張らせた。


「早い話がイタチごっこなんだよ。俺一人島へ送った所で何にも変わらないのさ。ご苦労なこったなぁ!」


 三左は牢屋敷中に響き渡る程の声で大笑いをし、精いっぱいの虚勢を張った。しかし、政憲の表情は全く変わらない。


「……下らない」

「て、てめえ、何言ってんだ?」


 黙り込んでいた政憲がボソッとつぶやいた。そこから政憲に火がついた。


「本当に底抜けの阿呆なんだなお前は。常識的に考えてみろ。そんな虚勢を張って何になるんだ?」

「だったら、どうするって言うんだよ!」


 三左も必死に食らいついた。やすやすと現実を受け入れたくないのだろう。まだ虚勢を張っている。


「その時は容赦なく法で縛り上げるだけだ。お前が気にせずともな」


 政憲は静かに言った。


「俺たちはお前なんかに気にされずともやるべきことはやる。今回に関してはお前が忠之の手下って言質が取れただけで十分だ。それとだな、私の予想だが今回の一件をお前に指示した目的は、商人を殺すことじゃねえと思うぞ」


 その場の誰もが息をのんだ。三左は額に汗を流しながらも黙って聞いている。政憲は鼻で笑うと話を続けた。


「お前の様な阿呆を間引く為に忠之は指示したんだよ。真っ当な人間なら少し考えれば、警備の厳重な長崎屋に押し入ろうなどとは考えないはずだからな。何も考えずに黙ってちょっと凄いことをいう奴に付き従って。どうせこの言葉だって忠之の受け売りなんだろ? そんな奴が理想を語ってんじゃねえよ。まぁ小笠原で達者に暮らせよ」


 三左の胸ぐらを掴み、吐き捨てるように言った。何時になく真剣で怒りに満ちた表情のまま三左を睨みつけている。一通りいい終えると掴んだ手を離し、その場を後にしようとした。


「お、おい待ってくれ!」


 政憲の背を追うように必死に三左が叫ぶも、無情にも無言で部屋を出て行った。部屋の中では三左が当たり散らしているが、誰も相手にはしてない。

 そして翌日、鈴木三左には遠島が申しつけられた。

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