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女奉行捕物帖  作者: 浅井
秋風秋葉原
31/158

暗幕からの使者

 ミノムシの様に麻紐で縛られた男達を担ぎこんでから半半刻(30分程度)が経った。忠春らが御用部屋で待機していると、男達の見分をしていた好慶が報告にやって来た。


「先の北斎殿の襲撃はこいつらの仲間に相違ありません」

「やっぱりね。ありがとう」

「それと……」


 好慶は含みを持たせるように言う。ニヤけたように言う。


「どうしたの?」

「こいつらの根城もわかりました。薬研堀の船宿”さ七”だそうです」

「好慶ごくろうさま」


 忠春はそう言うと立ち上がった。


「忠春様、捕まえに行きましょう!」


 好慶が意気ごんで言う。


「私はこの後ちょっと用事があるの。捕り物は好慶に一任するわ。与力や同心達に招集をかけて適当に引き連れて行きなさい」

「了解いたしました」


 好慶が号令をかけると部屋内には鬨の声が上がり、部屋に詰めていた男共の大半は御用部屋を飛び出して行った。

 御用部屋には忠春と政憲のみが残っている。すると、一人の女性がやって来た。


「なんかすごいことになってるね。何か事件でもあったの?」

「文ちゃん。ちょうどいい所に来たわね」


 文はドタドタと廊下を駆ける男共を見て不審に思ったのだろう。不思議そうに廊下を見ている。


「面白い情報があるのよ」

「なになに? 教えて教えて!」


 そう言うと、文はすぐさま忠春の横に駆け寄る。


「あのね……」


 忠春は文に耳打ちで話した。”葛飾北斎は誰かに襲撃されて殺された”。

 文は忠春の横にいた政憲の顔を見た。政憲は悲しげな表情をしている。話し終えると文も一瞬悲しげな顔になるが、すぐさま笑顔に変わった。


「……そうなの。ありがとっ! それじゃまたね!」


 文は駆け足で奉行所を去って行った。それを見た忠春はため息をつきながら言う。


「これで良いわね」

「なかなか忠春様も策士ですね」


 横にいた政憲が言う。どこか嬉しそうな表情でいる。


「これで明日には”葛飾北斎死ぬ”ってのが江戸中に知れ渡るわね」

「豊重殿のさっきの様子じゃ死ぬとは思っていなかったでしょうし、この瓦版は大きな一撃になりますね」

「その通り。これで豊重は完全に信じ込むわよ」


 忠春はほくそ笑む。


「しかし、嘘情報を掴ませるとは、ちょっと文殿には悪いことをしたかもしれませんね」

「前は好き放題にやられたからね。たまにはこういうのも必要なのよ」


 忠春は前の事件のことを許せていなかったのかもしれない。腕を組み不機嫌そうにする忠春の姿に、政憲は苦笑いをする。


「それよりも、豊重への尾行はよいのでしょうか?」

「問題ないわ。さっき戻って来た時に隠密に指示させてあるわ」


 忠春の行動に手抜かりはないようだ。忠春は自信満々に言う。

 すると奥から北斎がやって来た。


「おいおい、明日に俺は死んだことになってんのか?」


 話を聞いていたのか、北斎は微笑みながら言う。面白そうに微笑んでいる辺り、そんな悪い気はしていないのかもしれない。


「まあ、一回くらい死んでみるのもいいんじゃないの?」

「馬鹿な事言うなお嬢ちゃん。俺はまだまだ生きるぞ。もっと絵を描いてやるんだ」


 北斎は懐から絵筆を取り出し、それを握りしめ目を輝かして言う。


「はいはい、悪かったわよ」


 目を輝かしている北斎を忠春は適当に受け流す。忠春の姿を見ると、つまらなそうしてに北斎は奥の部屋へと戻って行こうとする。

 北斎は奥の部屋の襖を閉めようとしたが足を止める。


「そういえば善次郎はどうしたんだ?」

「ああ、善次郎なら応為さんと義親が医院に連れて行ったわよ。義親は警固担当で、二人は当分はそこで養生するみたいね」

「そうなのか。ありがとよ」


 北斎は奥の部屋へと戻って行った。背中はどこか温かみのあるように見えた。

 すると同心が御用部屋にやって来た。


「忠春様、歌川派と名乗る者二名がやってまいりました」

「ええ、ここに通してちょうだい」


 忠春がそう言うと同心は玄関先へと戻って行った。


「そういえばそんな約束をしていたわね。人数は二人だったっけ?」

「確かにそうですね。何を話なのでしょうか」


 忠春も政憲も疑問に思いながら御用部屋に二人を通した。





「忠春殿、私が悪かった」


 御用部屋の襖を開けるなり、初老の男が深々と頭を下げる。いきなりの出来事に部屋にいる全員が驚く。


「ちょっと、待ちなさいよ。となりの男は分かるけどアンタは誰なのよ」


 男は顔を上げた。豊国だった。


「全て隣にいる国貞から聞きました。門下の動きを把握できなかった私がすべて悪いんだ。甘んじて罪を受け入れよう」


 豊国はそう言うと拳を握りしめ悔しそうな表情をを浮かべた。同様に隣にいる男も涙を浮かべている。


「ちょっと待ちなさい。そこの冴えないアンタ、説明しなさいよ」


 忠春は会う約束を取り付けた男を指差して言う。男は俯いて立っていたが、喋り出した。


「私は豊国様の弟子の歌川国貞と言います。この一件は全て私どもの責任なのです」

「”私ども”って、どういうことなのよ」


 忠春らにとっては当然の疑問だった。


「はい。本当であればここに出す浮世絵の下絵は全て豊国様が描かれた物なのです。ですが、豊重らと謀り別の下絵を使っておりました」


 国貞はそう言うと涙を流しはじめた。


「ということは弟子同士で結託して偽物を売っていたのですね。なぜそのような事をしたのですか」

「全ては葛飾派に勝つためだったのです」


 政憲が問い詰めると、豊貞は俯きながら話しはじめた。


「浮世絵の下絵は一度書いたらそれっきりなのです。下絵を版木に張り付けたら、何度も同じ浮世絵は出来ても二度と同じ下絵は描けません。しかし、豊国様の絵にはそれ以上の物があります。」

「なるほど。その気持ちは分からなくもありませんが」


 国貞の話に政憲は同情する。北斎の流れるような絵を直に見ただけに、この迫力ある絵を後世に残したいという豊重らの気持ちは分からなくも無かったのかもしれない。

 だが、忠春は不服そうな顔をしている。


「バッカじゃないの? 偽物を売ってる方が評判を落とすに決まっているでしょ」


 忠春が言い切る。国貞は下を向く。


「私も豊重と話しあっている内に気がつきました。しかし、これに加担してしまった手前、今さら抜けようがありません。それに豊国様に迷惑をかけることになります」

「結果的にはこうやって悲しませてるんだから、その気遣いは無用だったわね」


 忠春は豊国の方を向きながら話した。 忠春の容赦のない言葉に国貞は黙り込んでしまう。

 忠春はため息をつくと話を続けた。


「とりあえず事情は把握したわ。豊国さん。あなたには失礼な事を言ったわね。ごめんなさい」


 忠春は頭を下げて素直に詫びた。口では厳しく言いつつも、暗幕での一件はやり過ぎたと感じていたようだ。


「いえ、それには及びません。謝るのは私どもの方です。それに……」


 豊国は深いため息をついた。


「北斎を殺してしまいましたからね。昔からの付き合いではあったが、本当に本当に惜しいことをした……」

「”昔から”って何か知ってんの?」


 忠春が即座に反応する。


「ああ、俺の師匠でもあったからな。それに、草紙会にだって私らが何度も頼みこんで、やっと参加をしてもらえたんです。それなのにこんな事になってしまったなんて、本当に申し訳がたたない」

「北斎さんの言っていた”昔からの”ってのはアンタだったのね」


 忠春らは納得したようだ。


「そんなことを言っていたのですか。確かにそうです。私より少し年上だったのですが、昔から頑固な職人でした」

「その話は面白そうね。ちょっと聞かせなさいよ」


 意外な所に忠春は喰いついた。豊国は遠くを見つめながら話し始めた。

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