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女奉行捕物帖  作者: 浅井
秋風秋葉原
23/158

長谷川宣冬という女

 忠春らが振り返ると少女が腕を組み立っており、その背後にも数名の部下がが立っている。それも全員がこっちを睨みつけている。背丈は忠春より少し低い。だが、顔は忠春と同等かそれ以上のかわいさだ。背後に控える部下も美少女ぞろいである。

 忠春は義親に小声で話しかける。


「あの先頭の女の子が鬼平って冗談でしょ?」

「いや、胸元の家紋は長谷川家のものですよ」


 忠春は視線を少女に移す。黒く染められた羽織の胸元に金糸で左三つ藤の刺繍がされている。どうやら本物らしい。


「あの女の子が火盗改なんて、何かの冗談じゃないの?」


 忠春らの話は聞こえていたようだ。すかさず少女は言い返す。


「『女の子が?』だなんて、あなただけには言われたくないわね」


 忠春はぐうの音も出ない。知らない人が見れば南町奉行には間違いなく見えない。


「私は長谷川宣冬。火付盗賊改方の長官よ!」


 宣冬は威勢よく言う。可愛らしい声なのだが、どこか名前の通り冷たさを感じる。すると神田川の方から声がする。


「宣冬様、全部あの大男がやったんです!」


 投げ飛ばされた小十郎が神田川から這い上がってきたのだ。


「な、なんだと?」


 頭を下げていた善次郎も声を荒げ、その場に立ちあがり小十郎を睨み付けた。遠くに居る小十郎は情けない声を上げながら腰を抜かす。道行く人も善次郎を見ると腰を抜かす。まさしく鬼気迫る表情だ。町人にしておくにはもったいない男だ、忠春はそう感じていた。

 大声で気がついた大五郎も、善次郎の表情を見るや、刀を置いたまま宣冬の元に駆け寄る。


「ったく、情けない男ね…… 冴えない男共の警備なんて何で受けたのかしら。やめておけばよかったわ……」


  そんな大五郎と小十郎を見て宣冬はため息をつく。二人は宣冬の視線から逃れようとする。そもそも、この仕事自体も本意では無かったらしい。

 だが宣冬は、そう言いつつも善次郎の方へ向かって行く。


「それにしても、天下の火盗改に手を出したその度胸だけは褒めてあげるわ。町人にしておくには勿体ないわね」


 宣冬はそう言うとにっこりとほほ笑む。善次郎も表情を元に戻す。悪い気はしていないようだ。

 だが目は全く笑っていなかった。宣冬はそう言いながら刀の柄を持つ。


「でも、火盗改に手を出したって事は、それだけの覚悟は出来てるんでしょうね? しっかりとケジメをつけましょう」


 秋空に金属同士の擦れる音がする。宣冬は少々前かがみになり、抜刀の態勢に入った。

 忠春が止めようと宣冬へ駆け寄ろうとする。先に宣冬の手を押さえたのは違う人だった。


「ちょっと、待って下さい!」





 宣冬は刀を抜こうとする。だがいくら引き抜こうとしても手が全く動かない。ふと横を見ると義親が手を押さえていた。


「宣冬様、これは誤解なんです。どうか刀を収めて下さい」


 義親は宣冬を見つめる。そこに居る誰もが宣冬は反抗すると思っていた。だが、宣冬は黙って言うことを聞き、刀を鞘へと収めた。


「本当のことの顛末はこうなんですよ……」


 義親は淡々と説明をする。


「……って話なんです。喧嘩両成敗じゃないですか。互いに非があるんですから、この件は水に流してはもらえませんか?」


 義親は宣冬を見つめながら話す。これは義親なりに誠実な対応なのだろう。それが伝わったのかは分からないが、宣冬も義親の話を黙って聞いていた。もとはと言えば国定の責任ではあるが、二人がこの様な事になっているのは、老人を突きとばしたことが原因だ。それ自体は伝わっていたようだ。

 だが、結果的にはこれが思いもよらない方向に転化した。





「なるほどね。ことの原因はあなた達だったのね」

「確かにそうです。本当に申し訳ありませんでした」


 義親は地に手を付けて頭を下げる。国定もそれを見てとっさに頭を下げる。


「いや、いいんですっ。義親様が頭を下げることはありません」


 宣冬の名前の通りの冷たい声とは違い、どこか恥じらいを見せる声へと変わる。


「本当ですか? ありがとうございます」


 義親は微笑み宣冬の両手を握る。忠春らも一息つく。南町奉行所と火付盗賊改方との決戦という最悪の事態は避けたようだ。というよりか、お咎め無しに終えられた。最高の結果だろう。

 義親は忠春の方に向かって行った。忠春はねぎらいの言葉をかける。


「よくやったわね」

「いえ、宣冬様がよい方だっただけです。私は何もしていませんよ」


 義親は微笑みそう答える。

 黙って見届けた宣冬は部下たちの元に戻る。宣冬の顔は紅潮しきっていた。部下は心配がって一番年配の女性が話しかける。


「宣冬様、どうなさったんですか」

「佐嶋、私は決めたわ……」

「ど、どうなさるんですか?」


 何やら決意したらしい。宣冬は黙って忠春の元へと歩み寄る。


「忠春、この件は貸しにしてあげる。その代わり……」

「『その代わり』って何よ」


 忠春が詰め寄る。宣冬は顔を赤らめながら言い放った。


「よ、義親様を、か、か、火盗改にちょうだい!」

「……え?」


 その場の全員が声を揃えて言う。

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