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女奉行捕物帖  作者: 浅井
秋風秋葉原
22/158

遭遇

 同人草紙会の案内をサボったのがバレた国定は、走り出し忠春らから逃げ出そうとする。しかし、厠から出てきた二人組の男に衝突してしまう。

 二人組のガリガリの男は手にした荷物は宙を舞い、その場に散らばった。


「いきなりぶつかって来やがって、何すんだよてめえ!」

「いやいや、申し訳ありませぬ」


 尻もちをついた国定は謝る。


「申し訳ありませぬ、じゃねえんだよ。ほら見ろよ、泥がついちまったじゃねえか」


 ガリガリの男は、国定に地面に落ちた浮世絵を見せつける。描かれているどうやら春画のようだ。海女が巨大な蛸に襲われている浮世絵だ。

 しかし、地面は数日前から快晴だったため、風が吹けば砂埃が巻き起こるほど乾いている。泥などがつく要素は無い。なぜか全体的に湿っていて、ところどころにシミのような跡はあったが。

 国定は手渡された絵をまじまじと見る。


「いや、ワタクシにの目には何も見えませぬが」

「大五郎氏の大事な絵が汚れちまったんだぞ? アンタはどう責任取るんだよ」

「小十郎氏、あなたの言うとおりだ。てめえ、どうしてくれんだよ!」


 隣にいた小太りも声を荒げ、ガリガリは指を鳴らしながら国定に詰め寄る。

 二人組の言っていることはあながち間違って無いのだが、国定にはその態度が気に食わなかったようだ。


「ワタクシがぶつかって絵をそこにぶちまけた事に関しては申し訳ありませぬが、絵に関しては何もない以上、ワタクシが何かを言われる筋合いは無いと思うのですが、どうでしょうか?」


 国定の言葉に小さい男は黙りこむ。しかし、顔は見る見るうちに赤くなり、額には青筋が立っている。


「まあ? ぶつかったのはワタクシですから? 謝ればいいんでしょ? はいはい、すみませんでした!」


 小太りの男の態度に気付いた国定は、謝って場を取り繕うとする。だが、どう見ても場を取り繕うとする謝り方では無い。それに手遅れだった。国定の言葉は二人組に火を付けた。

 大五郎が声を荒げて国定に掴みかかる。


「てめえ、天下の火盗改をコケにしやがって……! 小十郎氏ぃ、刀を抜くぞぉ! 叩き斬ってやる!」

「上等じゃねえか! 二人まとめてやってやるよ!」


 国定も背の高い男の手を払いのけて刀を抜く。それを見た二人組は顔を見合わせる。まさか立ち向かってくるとは思っていなかったのだろう。

 三人共こういった動きになれていないため、どこか動きはぎこちない。すると、二人組の背後から男が声をかける。


「喧嘩は江戸の華って言うがよお、そりゃ素手での喧嘩だけだろ。天下の往来でなに物騒なもん出してんだ。さっさと仕舞いな」

「うるせえ! 耄碌じじぃはすっこんでろ!」


 小太りの方が片手で老人を押し飛ばす。小柄な老人は勢いよく押し飛ばされ尻もちをつく。

 その直後であった。老人の背後から背の高い男が、勢いよく走って来た。鼻は高く、彫りも深い。衛栄をもう一回り厳つくした顔立ちの男。


「てめえ! 北斎先生に何やってくれてんだ!」


 大男が小十郎の頭を掴み持ち上げる。大男は、小十郎と目があった瞬間にハッと気がついた。


「お前はあん時のクソ野郎じゃねえか!」

「あん時の、でかい奴か!」


 小太りも気がつく。銭湯での一件の男だ。銭湯では大五郎の方が掴まれていたが、今度は小十郎が持ち上げられる。

 善次郎は小太りに優しく語りかける。


「あん時は止められたけどよお、今度は容赦しねえぞ?」


 言い終えると善次郎は満面の笑みとなる。満面の笑みと言っても、口は笑っているのだが、目は全く笑っていない。ただ一点を見つめている。

 その目をモロに見た小太りの男の足元に水たまりが出来始める。しかし、小太りはどもりながら話し始める。


「あ、あ、あん時はやられたけどなあ、この右手に持ってるもんに気がつかねえのか?」


 小太りの顔は引き攣りながらも笑う。刀を握っていることからの限界ぎりぎりの笑みだ。しかし、現実は非情だった。

 すぐさま善次郎は小太りを神田川の方へと投げ飛ばした。

 小太りが投げ飛ばされた瞬間、小太りと国定は目があった。小太小十郎の顔は無表情であったという。小十郎は綺麗な放物線を描き、川に大きな水しぶきを作る。


「……刀がどうしたってんだ。まあ、漏らしたのも他の奴らにばれなくて良かったなあ!」


 善次郎は大声で笑い出す。横で見ていた大五郎は刀を固く握りしめガタガタと震えている。国定もただ見ている事しか出来なかった。老人を突きとばした瞬間ほぼ同時くらいにやって来た大男が、小十郎を神田川に軽々と放り投げる。なぜ、その様な男がこの様な会場に居るのか。更に、その突きとばされた老人の事を”北斎先生”と呼ばれている。国定には何が何だか分からなかった。


「ったく、ガタガタ震えやがんな。お前は生まれたての小鹿か? 人を斬る度胸も覚悟も無いくせに威張り腐りやがって。さっさとその危ないモンを捨てな!」


 善次郎は大五郎に向かってそう吐き捨てる。大五郎と善次郎の実力差には越えられない壁がある。普通なら言うとおりに捨てるだろう。

 しかし、大五郎は逆上ギャクギレした。


「……て、て、て、て、てめえええええええええええ!」


 大五郎は口から泡を吹きながら捨て身で斬りかかった。火盗改という誇りが邪魔をしたのだろう。斬りかかるという選択をする。

 善次郎は完全に慢心しきっていた。まさか斬りかかってくるとは思いもしていなかった。大五郎が斬りかかって来たと気がついたのは、ほんの二、三歩程手前であった。

 その場にうつ伏せに倒れこむ。善次郎が斬られた。周囲の誰もがそう思っていた。しかし、倒れていたのは大五郎の方であった。

 善次郎はその場に呆然と立っている。本人も斬られたと思っていたようだ。大五郎の背後には、抜き身の刀を持ち、息を切らした忠春の姿があった。





「ふう、危なかったわね」


 忠春は額の汗を手の甲でぬぐう。まさしく間一髪だった。茫然と立ちすくむ善次郎の肩から血が流れる。傷口は浅く、皮一枚と言ったところだろう。


「ほんとに危なかったですね」


 すぐ後ろから義親がやって来る。どうやらこの二人が善次郎を助けたらしい。

 倒れ込んだ大五郎を見ると、刀を握っていた手の甲が大きくはれており、横には十手が落ちている。


「あんたがもう少し遅く投げていたら、間違いなくこのバカは斬られていたわね」


 目線を善次郎にやる。


「私が十手を投げていた所で、善次郎殿は斬られていましたよ。忠春様が背後から柄で一突きになさったからです。健脚のお陰ですね」

「いやいや、そこは私の剣技って言いなさいよ」


 苦笑しながら忠春は刀を鞘に納める。


「素晴らしい連携でしたね、忠春様に義親殿」

「まったく、一気に突っ走って行ったと思いきやこれだもんな。たいしたもんだよ」


 その後ろから政憲と忠愛がニヤニヤしながら歩み寄る。忠愛は笑いながら義親の肩を小突く。

 善次郎は我にかえる。やっと事態が把握できたようだ。


「あなたは義親殿ではないか。それに、あんた達は一体何者なんだ……」

「何って、南町奉行所よ。……ったく、喧嘩もほどほどにしなさいよね。ここの警備は誰がやってんの? しっかりしなさいよ」


 忠春は腕を組み、ため息をつき愚痴りながら善次郎を諭す。


「なんだ、さっきのお嬢ちゃんは南町奉行だったのか。絵の方はさっぱりだが、剣技は冴えてるんだな」


 尻を叩き砂を払う。老人は腕を組み感心する。


「ということは、あなたが噂の女奉行、大岡越前守忠春様ですか。これは大変な御無礼をいたしました。それに、義親殿は南町奉行所の同心であったんですか。またしても助けていただいてかたじけない」


 善次郎はすぐさまその場に平伏する。よほど感極まったのか、善次郎は地面に頭をこすりつける。


「いや、そんな改まらなくていいわよ。これから気をつけ……」


 忠春が話している途中であった。背後から女性の声がする。


「この騒ぎは何なの? 天下の火盗改様の前でいい度胸してるじゃない」


 忠春らは一斉に振り向く。すると、善次郎は震えた声で呟く。


「あ、あ、あれは、鬼平……!」

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