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女奉行捕物帖  作者: 浅井
秋風秋葉原
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葛飾派と歌川派

 義親の話が終わった時。東の彼方は赤く染まり出し飛ぶ鳥が黒く映る。辺りの商家からは焚き木のはじける音と格子窓から炊煙が立ち上る。あさげの支度が始まりだしたようだ。


「火盗改の同心を斬るなんて、あんたも大それたことをするのね」


 話を聞き終えた忠春が感心したように言う。忠春の顔は意地悪そうに微笑んでいる。


「いやいや斬ってませんって。ちゃんと峰打ちにしましたよ」


 義親はすかさず言い返す。忠愛は冷静な言葉を浴びせる。


「向こうに非があったにせよ火盗改を斬ったなんて、問題になるんじゃないのか」


 忠愛の言うとおりだ。そんな風に義親も忠春も感じたようだ。忠愛は話を続ける。


「そう言えば火盗改の長官はあの鬼平の息子だからな。場合によると大変な事になるかもしれないな」


 仮に逆の立場だとして、奉行所の人間が火盗改に斬られたら理由はどうあれ問題になるだろう。まあ斬られてはいないのだが。


「確かにそうですね…… 忠春様、申し訳ございませんでした」


 義親の顔から血の気が引き青くなってゆく。


「あんたは自分の仕事をやったのよ。気にすることは無いわ」


 忠春は微笑み義親の肩を抱く。


「忠春様、ありがとうございます」


 義親もぎこちない笑顔を見せる。


「あんた達の不始末は私が負うから。それが仕事だしね」


 忠春が満面の笑みで義親を見る。江戸城から昇った朝日が忠春を照らす。ちょうど夜が明けたようだ。


「まったく、はつも偉くなったもんだな。俺も長谷川殿には会った時は詫びを入れておくよ。気にすることは無いさ」


 忠愛も微笑み義親の肩を抱き慰める。


「忠春様に忠愛様…… ありがとうごじゃいあす……」


 義親は肩を震わせ答える。言葉の最後は言葉になっていなかった。

 すると、三河町の方から男の声がした。


「どうもおはようございます。なかなか良い場面に申し訳ございませんね」


 嫌味ったらしい言葉と共に太陽を背にして歩いてくる。政憲だった。


「おはよう政憲。別に気にしないでいいわ」


 忠春は素っ気なく言い返す。政憲は忠春の態度を意に介せず話を続ける。


「何やら話をされていたそうですが、何があったんですか?」

「実は昨日の話なんですけどね……」


 義親は政憲に説明をした。





「火盗改の同心と喧嘩ですか。見かけによらず派手なことをするんですね」

「政憲様も同じことを言うのですか」


 義親はまた悲しげな顔になる。忠春と忠愛は笑いをこらえているようだ。小刻みに震えている。


「冗談ですよ。池田善次郎ですか。面白い人もいるものですね」

「そうです。話の重要な所はそこなんですよ」


 義親はにっこりと微笑み、それ見たことかといった顔で忠春と忠愛と見る。


「それに、歌川派の好事家と葛飾派の好事家は仲でも悪いんですかね」

「善次郎殿の態度からすればそうなのかもしれませんが、ただ個人の趣味をけなされただけなのかもしれませんしね、どうなのでしょうか」


 二人は頭を傾げて考え込む。

 そこに揚々と忠愛が口を挟んで来た。


「私が教えましょう」

「忠愛殿、ぜひ教えて下さい」


 政憲も聞こうとする。忠愛は鼻を膨らませる。


「両派の絵は間違いなく素晴らしいんです。ただ、葛飾派の親玉”葛飾北斎”がなんとも言えない男なんですよね」


 そう言うと忠愛は語り始めた。 


「元々は勝川春章って人の元で修行していたんです。でも他派の絵師から画法を学んでいたらしくてね。それが原因で勝川派を破門にされたんだって話だ」

「他派の画法を学んだくらいで破門にされるって変な話ね。向上心があっていいじゃないの」


「まあ、一人の師匠につき従って教わってるんだからな。他の所に教わりに行くってのは道理に反するからだろう」

「あまり釈然としないけどそういうものなのね」


 忠春は不満げに言う。


「北斎ってのはかなりの変わり者だからな、案外そっちが原因かもしれないな。それにしても、破門にされた理由は本人のみぞ知るだ。変わった師匠だから変わった弟子が集まった。北斎の娘の葛飾応為、菊川派の渓斎英泉とかだな」


 忠春は感心する。横を歩く政憲も義親も同様であった。西大平で奇行を繰り返し、軽口を叩く忠愛の姿とは見違えた。

 そんな彼らの視線を感じたのか忠愛は頭をかきながら話を続ける。


「まあ、これも全部増山の爺さんの受け売りだけどな。あの爺さんには世話になってるからな。江戸に来る船便も爺さんに手配してもらったからな」

「爺さんって正賢おじい様のこと?」


 正賢とは増山正賢のことで、忠春と忠愛の祖父に当たる人物である。


「そうだ。あの爺さんも今年の草紙会に行きたがってたよ」

「正賢おじい様は来れないの?」

「あの爺さんはずっと散財をして来たからな。さすがに今年は家臣一同に止められたらしい。まったく明日は我が身かもしれないな」


 忠愛は苦笑いをする。


「それで葛飾北斎はどうなったのですか」

「北斎は順調に売れていったんだ。特に風景画や北斎漫画なんかは有名だろう。美人画はパッとしないんだが、人々の描写は他の追随を許さないしな。そこに大きな相手が現れた」

「歌川派ですか」


 政憲が言う。忠愛はその言葉を聞くと満足げにうなずく。


「そうです。豊国の師匠の豊春とは仲は良かったそうなんですけど、愛弟子の歌川豊国とはウマが合わない。そこから葛飾派と歌川派の抗争が始まったようですよ」

「そんな歴史があったんですね」


 義親は感心した。そうなると先程の話の筋が見えてくる。


「だから池田ってのは葛飾派の人間ってことだ」


 忠愛は胸を張り答える。


「まったく、ロクな人間がいないのね」


 忠春はため息をつきながら呆れた顔をして言う。


「まあそう言ってやるなよ。真剣に争っているのだってあくまで一部の人間だけの話だ。世間じゃ俺みたいな普通の好事家の方が大多数だからな」

「命を投げうって船便で来るのがどこが普通よ」

「ハハハ、それもそうかもしれないな」


 忠愛は大声で笑う。というよりかは笑うより無いのかもしれない。

 そうこうしてるうちに神田川の水音が聞こえ、筋違御門が目の前に見える。その周辺には黒山の人だかりが出来ており、ざわざわと人の声が聞こえる。ざっと見るだけでも千人はくだらない。


「あの人だかりは全部草紙会の来場者なの?」

「ああそうだ。これが江戸の真の顔だ。草紙会へようこそ」


 忠春の呆然とした顔をしり目に忠愛は満面の笑みで答える。

 辰の刻、忠春らは草紙会会場へと到着した。

『増山正賢』 忠春らの母の父親、要は祖父。長島藩藩主で、文人大名として知られた。あまりの絵画などへの入れ込みようで幕府に謹慎処分を食らったことも。

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