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女奉行捕物帖  作者: 浅井
秋風秋葉原
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決戦前夜

 江戸の町は日が過ぎるごとに秋らしくなっていた。少し前までのような暑さは消え、上着を一枚羽織らなければ寒いくらいだ。

 奉行所の御用部屋の隅で国定が小刻みに震えている。そこに義親が通りがかる。


「国定殿、顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」

「おおおお義親クンっ。ワタクシは大丈夫ですよ。これが噂の武者震いですな……」


 国定は、額に脂汗をかき青白い顔でいる。


「いやいや、ただの風邪ですよ。これじゃ明日は行けそうにないですね……」

 

 少し前は異常なまでの暑さだったが、ここ数日は見違えるくらいに寒い。寒いと言っても例年並みなのだが、数日前と比べると異常なくらいに寒く感じるだろう。風邪を引くには絶好の条件だ。


「義親クンっ! それは断じて違いまずぞ! これは武者震いで…… ぶあっくしょおい!!」


 国定は言葉を言いきる前に大きなクシャミをする。そしてすぐさま懐紙を取り出し鼻をかむ。


「ほら、完全に風邪ですよ。体を冷やすとさらに酷くなりますよ?」


 義親は国定を心配するような目で見ている。しかし、国定は頑として行こうとする。


「いやっ、大丈夫ですぞ義親クンっっ! こんな風邪など、薬を飲み一晩温かく過ごせば!」

「いやいや、駄目ですって。この分じゃ忠春様や政憲様を案内できませんね……」


 義親が少し落ち込んだように言う。義親は、忠春とは違い国定の案内を期待していたようだった。

 国定の絵や草紙の知識は無駄に凄い。話し方は鬱陶しいが、話の内容自体は面白い。他の同心達は話し方で降参するのだが、義親には話の内容もしっかりと入っていた。

 すると、国定の目の色が変わる。


「……フフフ、そうか。これはいい事を思いついたぞ……」


 国定はそう呟くと青白い顔で不敵に微笑む。その笑顔は尋常では無く。小さい子供が見たら泣いて逃げ出す様な顔である。異常をきたしたのかと義親が心配そうな顔で見る。


「国定殿、どうなさりましたか?」


「いやいや、義親クンの言うとおりだ。残念ながら私は案内できそうにない。すまないがこれで失礼させてもらうよ……」


 そう言うと国定は足早に奉行所を去って行った。

 そこに忠春と政憲がやって来た。


「どうしたの義親、国定が気持ちの悪い顔をして凄い速さで奉行所を出て行ったけど」

「どうやら国定殿は風邪をひかれたようで、明日は案内できないとのお話でした」


 義親は残念な顔をして話す。


「そうなの。私は、別にいようがいまいがどっちでもいいけどね」


 忠春は素っ気なく答える。


「国定殿も嫌われたものですね。他に誰か連れていきますか?」


 側にいた政憲が答える。


「兄上が一緒に来るって言ってるから四人で行きましょう」

「そうなのですか。忠春様の兄上と言うと…… 忠愛殿ですか」


 政憲は少し考え込む表情をして言った。


「よく知ってるわね。どこで知ったのよ」

「大岡家のことは大抵の大名なら知っていますよ。それに、私もたびたび城中へ出仕した際にお会いしましね」


 政憲はいつもの笑顔で答える。奉行所の事務的な事は政憲に任せているので、忠愛と会っていてもおかしくは無いのだが会っていると知り忠春は少々驚く。


「そうなの。それで兄上はどうなの?」


 忠春は恐る恐る聞く。そもそも、忠愛のまともな服装を見たのは数日前が初めてであった。忠春には江戸での仕事ぶりは全く想像できない。


「気さくな方ですよ。話しぶりも良く、他の幕閣の受けはいいみたいですね」

「そうなの。それはよかった」


 政憲の答えに忠春は安心したのか嬉々とする。


「それではまた明日。現地でお会いしましょう」

「ええ、よろしく頼むわよ」

「承知いたしました」


 そう言うと政憲は微笑んだまま奉行所を出て行った。





 屋敷に戻ると久しぶりに忠愛の姿があった。忠春と忠愛はあの時に話をして以来まともに話す機会は無かった。

 荷支度をしている忠愛に声を掛ける。


「兄上、ちゃんと仕事をしているようね」

「ハハハ、まだ疑ってるのか。ここ数日だって幕閣の人たちの饗応で忙しかったんだぞ?」


 忠愛は笑いながら答える。その姿を見た忠春は少し安心をする。


「分かってるわよ。それと奉行所の筒井政憲と会ったんだってね」

「ああ筒井殿ね、確かに会ったぞ。あの人はかなり優秀な人だよな」


 忠春は頬を緩める。誰であろうと身内が褒められるのは嬉しいものだ。


「嫌味なくらい頭はいいわ。それで政憲についてどう思った?」


 忠春の問いに天井をにらむ。


「どんな印象ねえ…… まあ頭の良い雰囲気はあるんだけど、どこか違和感があるんだよな」

「違和感ってどんな感じなのよ」


 忠春は忠愛の言葉に喰いつく。忠春自身も政憲にはどこか不思議な印象を持っていた。それだけに気にはなる話であった。


「違和感ってのはな、言葉で表現できないから違和感っていうんだよ。だから何とも言えないな」


 確かに忠愛の言うとおりだろう。表現できる言葉があれば、その通りに言っているはずだ。そんな風に忠春は感じた。


「そうなの、ありがとう。それじゃ明日はよろしくね」

「ああ、明日は戦争だからな。お前も体力を養うんだな」


 忠愛はそう言うと自室へと戻って行った。


「”戦争”って、さすがに言い過ぎでしょ」


 忠春はそう呟きながら自室へと戻る。明かりを消して床についた。

 ”明日は戦争だ”この時は大げさな言葉としか思っていなかった。

 『同人草紙会』―正しくあれは江戸を二分する戦争であった。

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