同人草紙会
二本松の一件が終わり、季節は秋を迎えている。空を見ると、秋空は高く鰯雲が群れをなして泳ぐ。地を見れば、市中の木々も紅や黄色く染まり足を止めて木々を見上げる人も多い。道行く人々の服装も単衣から袷へと変わってきており、冬物、夏物と箪笥の整理の大変な時期であろう。
秋のとある日、奉行所の就業時刻の迫る中、御用部屋の端で国定が一枚の紙をじっと見つめながらニヤニヤしている。そこに忠春が通りかかった。
「何ニヤニヤしてんのよ国定、気持ち悪いわね」
「ああ忠春様、これを見てニヤニヤせずにいられましょうか」
そう言うと国定は一枚の引き札を忠春に見せる。
「えっと、『第八回同人草紙会開催す』って。何なのよこれ」
怪訝そうな目で国定を見る。
「ご存知、無いのですか?」
「いや、知らないから聞いてるんじゃないの」
少し間を作り忠春の方を見た国定であったが、忠春に一蹴される。国定は少し悲しげになる。
「これは、毎年この季節になると行われる、草紙や浮世絵等をこよなく愛する者たちが自分で作った作品を愛で合う催しですよ」
「私も長く江戸に住んでいるけどそんな事をやっていたのね。知らなかったわ」
素直に忠春は感心する。その姿を見た国定は満足げな表情をする。すると、そこに政憲がやって来た。
「かなり地下に潜ってやってる催しですからね。浮世絵や草紙が好きな人でも、参加をしている人と言うのは非常に濃い方ばかりでしょうね」
政憲の言葉に忠春は興味を惹かれたようだ。
「なんか面白そうね。国定、私を案内しなさい」
「いやあ、忠春様は来られない方がよいと思いますよ。忠春様には縁のない世界ですからね」
国定は苦笑しながら話す。国定なりに気を使ったのであろう。しかしそのもの言いは忠春の癪に障ったようだ。
「何よ、国定のくせに生意気ね。絶対連れて行きなさいよ。もし連れて行かなかったら、それの開催の日に仕事を割り当てるわよ?」
腕を組み鋭く睨む忠春にそう言われる。こうなっては国定は聞かざるを得ない。
「それだけは本当にご勘弁下さい。……わかりました、お連れ致しますよ」
「そうよ、それでいいの。それで、その『同人草紙会』ってのはいつやるの?」
忠春は組んでいた腕をとき満面の笑みになる。そんな忠春とは対照的に国定はため息をつく。
「来月の最初です。その日になったら御屋敷でも奉行所にでもお迎えに行きますよ」
「なんか棘のある言い方をするのね。政憲も行くわよね?」
政憲も苦笑いをしている。しかし、行かざるを得ない状況である。仕方無さげに首を縦に振る。
「来月の月番は北町ですからね。わかりました、私も行きましょう」
政憲の答えに、忠春はまたしても満足げな顔をし、国定の方を向く。
「それじゃ国定。頼んだわよ」
「ふう、承知いたしました」
話が終わると丁度終業時刻が終わったようだ。他の同心達がぞろぞろと帰ってゆく。その中に国定も混じって帰って行く。背中には哀愁が漂っている。
○
忠春が上屋敷に戻ると頃には日が暮れ始めていた。夕陽に照らされて街路樹の木々がより紅くなる。思えば半年前には桜吹雪が舞っていた事を考えると時がたつのは非常に速い。
忠春がそこはかとなく秋を実感していると、背後から声をかけられる。
「はつ様、お久しぶりでございます」
忠春が背後を向くと初老の男が立っていた。背は高く無く、腰には刀を下げている所を見ると侍なのだろう。
「ははは、お忘れですかな」
男は微笑みながら笠を脱いだ。
「何よ、義時爺じゃないの。元服式以来ね、わざわざ江戸まで来てどうしたのよ」
その男は小峰義時であった。忠春に感動よりも疑問が先に浮かぶ。義時は本来であれば西大平藩で兄の忠愛を補佐しているはずだ。
「それが、忠愛様が江戸に来られるとのお話で、色々と下準備をと」
「ええ? 兄上がここに来るの? そんなこと聞いてないわよ」
忠春は驚いている。義時はため息をつきく。
「それもそうですよ。なんせ先日言いだしたので……」
「そうなの。とりあえず中に入りなさい。詳しい話はそこで聞くわ」
「ありがたきお言葉。それでは失礼します」
義時がそう言うと二人は屋敷へと入って行った。