表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

● ――――

 ジェイの前に現れたオニキスは、泣きはらした目をしていた。

 さすがの彼も驚いた様子を見せるが、何も言わずに少し後ろをついてくる。

 これから、オニキスはこの城を出て行く。城の中は静かだ。みんな、バルコニーの下にでてしまっているからだろう。誰だって、祝い事を真っ先に耳に入れたいものだ。

 見送りは、つまりジェイただ一人ということになる。

 そもそも――彼以外に、出立のことを伝えてすら、いないけれど。

 本当は、ヴェルネードにも言おうと思った。それで意を決して近寄ったけど、彼はスピカ姫のドレス選びで急がしそうで、とても近寄ったりできなかった。

 ……いや、そんなのはいいわけだと、今のオニキスはわかっている。


 見てしまったのだ。

 あれから城の中で何度も、何度も何度も何度も。


 幸せそうに、寄り添って微笑みあう二人を。

 誰が見ても幸せそうな二人を。


 お似合い、だった。

 嫉妬する気にもならないぐらい。あの二人は一緒にいるべきだったのだろうと、オニキスは改めて確信して、そして静かに彼らの世界から消え去ることにした。それが最善だから。

「ん、もういいよ」

 バルコニーが見える場所で、オニキスは足を止めた。

 ここは城を出て少しした路上。

 周囲に人影は無い。

 ここから城は、バルコニーはとてもよく見えた。

 わぁわぁ、と騒ぐ民衆に手を振る国王夫妻。それから各王子や、その伴侶。そこにスピカ姫がいるということは、ヴェルネードの隣にいるということは、つまりはそういうことなのだ。


 遠くにいる、ずっと好きだった人。

 もう、二度と会うことは無い。


 オニキスはただの魔術師になるから、城なんて縁も無くなる。彼女より優秀で、しかも能力が安定している男が、すでに城にいるから。つまり、オニキスはもう用済みというわけだ。

 二度と会えないと思ったからだろうか。

 いろいろと、どうしようもない後悔が沸き起こってくる。

 せめて最後に、おめでとうぐらいは言えばよかったのかもしれない。

「ヴェルネードには、本当に何も言わなくていいのか」

「言うだけ無駄だと僕は思うよ。だって、もう彼の一番は僕じゃない。元々、僕ですらなかったと思うけどね。まぁ、暫定の一番? でもほら、あそこにちゃんとしたお姫様がいるよ」


 赤いドレスをまとう赤の姫。

 彼の隣で優雅に手を振るその姿に、僕は目を細める。


「僕の出る幕はなかった、たったそれだけのことなんだよ」

 あれに割り込もうなど思う方がおかしい。あれだけ似合いの二人、邪魔などしたら、ソレがたとえ仕事など重要な案件であっても、情け容赦なく呪われるかもしれない。

 だが、ジェイは少し違う意見のようだった。

 あれだけオニキスとヴェルネードの繋がりに異を唱えた彼は、なぜかオニキスを引き止めるような目で彼女を見ている。一緒にいたがったオニキスが、一番離れようとしているのに。

「最近のあいつは覇気が無かった。どこか遠くを眺めたりすることが多くなった。全部、お前が傍から離れてからだ。……オレが言うのも何だが、最後に会った方がいいんじゃないのか」

「ほんと、緑の癖に何を言ってるんだかねぇ」

 くすくす、とオニキスは、いつも通りに笑ってみせる。

「それはただの恋煩いさ」

 言い聞かせるように、決め付けるように。

 オニキスは言い、もう一度――最後に、彼らの姿を視界に入れる。


 これで、よかったのだと思う。この満足感があれば、きっといつか。いつかは、身に着けてしまうチョーカーを、外すこともできるだろう。燃やすことも、破り捨てることも、きっと。

 その頃には、彼には子供が何人かいるかもしれない。

 誰からも認められる伴侶との間に、宝物のような家族を得て、幸せになって。

「彼は、ここれでやっと、幸せに繋がる道に『戻れた』んだよ」

 オニキスとの出会いで歪んだものが、元通りになる。

 ゆがみを産んだ張本人は消え去り、残るのは幸せが約束された若い二人。本当は、そこに自分こそが立っていたいという思いが残るけど、それにそっと、オニキスはふたをして。

 家族と、そして彼女と共に城の中へ戻る。

 その白い姿に。


「好きだよ」


 ずっと言えなかった、言うわけにはいかなかった言葉を。

 でも、何より言いたかった言葉を。

 ――眦から零れていく涙と共に呟いて、オニキスは背を向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ