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● めでたしめでたし

 あれから、オニキスはヴェルネードに会っていない。

 会わないし、会いたいとも思わないし、おそらく会ってもくれないだろう。だから、オニキスは安心していろいろ準備を整えることができた。この城から、離れるための準備。

 まず、オニキスは自分の代わりとなる、『黒の魔術師』を探した。こういう時、女と言う性別は実に便利に働く。女性の魔術師は、身体のリズムがあるゆえに魔術が不安定なのだ。


 ゆえに魔術師の世界は男社会。

 黒を扱うものでなければ、オニキスはここで働けなかった。


 稀少な黒ゆえに、彼女はここに――彼の傍に、いることができたのだろう。そう思うと、そんなに好きではなかった自分の力や容姿も、好きになれるような気がした。

 ジェイに話を通し、ふさわしい人材を確保する。

 見つけたのはオニキスと年齢の変わらない、ごく普通の少年だった。そろそろ師の元から巣立つから就職先を探していた、というか選びかねていたらしく、渡りに船と話がついた。

 一方、ヴェルネードはというと、以前にもましてスピカ姫と一緒にいた。ちょっとした雑談は当たり前。オニキスと過ごしていた時間を、すべて彼女との交流に使っている感じだった。

 それを遠くから見て、少しだけ胸が痛むのをオニキスは感じる。

 それは、寂しさだろう。

 あの場所は自分だけのものだったから。

 痛みはすぐに慣れた。城を出てからのためにお金を溜めたり、残っている仕事をいろいろ消化したり、件の少年に仕事内容などを引き継いだり。気づくとずいぶん日数が流れた。


 その頃には、もうオニキスの居場所は、どこにもなかったけれど。

 ヴェルネードの傍にはスピカ姫と、新任の魔術師がいたけど。


 オニキスは、笑ってすべてを受け入れていた。

 もうじきスピカ姫は、国へ帰る。その時、きっと二人は婚約をするのだろう。城は入れ替わる黒の話より、華やかな婚礼の話しか囁かれていない。誰もが、二人を祝福していた。

 そんな噂を聞き流しながら、オニキスは一人部屋に佇む。

 荷物もほとんど片付けてしまった、ずっと暮らしていた場所。

 あとは、小さなかばんを手に、ここを飛び出すだけだった。ジェイに一言告げて、それで彼女の退職は叶う。ヴェルネードの傍から、ジャマな黒は消え去る。

 その日は、もう決めていた。

 スピカ姫が帰る日。

 二人の婚約が発表されるであろう日だ。

 聞いた話だと、城下を望むバルコニーから、国民に挨拶があるらしい。そこで発表するのではないか、というのがメイド達の予想。何故なら、現国王もそうやったらしいから。


「さて、その前にやることを……最後の仕事をしようかな」


 呟き、オニキスは首に手を当てる。

 ずっとつけていた、首輪のように思っていたチョーカーをはずした。

 杖を手に、意識を集中させる。

 最後の仕事は、このチョーカーを燃やすこと。自分とヴェルネードの繋がりを、すべて断ち切ってから消えること。これがある限り、きっと自分は彼を求めると、彼女はわかっていた。

 だから彼女は、自分の中でつぼみをつけてしまったこの『想い』ごと。

 身の程知らずの繋がりを、望むにいたった原因を。

 跡形もなく、燃やそうとして。

「――」

 できなかった。

 呪文を忘れたわけじゃない。魔術が使えなくなったわけでもない。ただ、喉が炎を呼び出す言葉を紡がない。どうやっても燃やせない――燃やさなきゃ、何も終わらないのに。

「どうして……っ」

 杖を放り出して、チョーカーを両手で掴む。

 燃やせないのなら引き裂けばいい。

 けれどオニキスは、掴んだまま――いや、握り締めたまま、何もできない。

 触れているだけで思い出してしまう。これをもらった日のことを、いそいそと身につけて彼の前に出て、かわいい、と。似合ってる、と褒めてもらった日のことを、思い出してしまう。


「ヴェルネード……」

 零れ落ちたのは彼の名前。

 そして――視界を大きく歪ませる、感情の雫だった。


 あふれる。

 本当は嫌だった。なんで好き好んで、自分だけの場所を、明け渡さなきゃいけないのか理解できなかった。ヴェルネードがダメというまで、ずっとあの場所にいるつもりだった。

 結局、逃げたのだ。

 ダメと言われてしまう前に、逃げ出した。

 聞き分けのいい大人のフリをして。でも本当は嫌で嫌で、なんだかんだで姫との縁談など無かったことになってしまえと思っていた。無かったことにできない自分を、呪ったりもした。

 オニキスは、ヴェルネードのモノ。

 でもその逆も望んでいた。彼を自分だけのモノにしたかった。

 ずっとずっと、一緒にいたかった。

 そんな想いにつけられる名前を、オニキスは一つしか知らない。


「好き、だったんだね、僕は」


 ぎゅう、とチョーカーを握り締めて、呟く。

「ヴェルネードのこと、好きだったんだね……ちゃんと、好きだったんだ。勘違いとか、独占欲とかじゃなくて、好きだった。そっか、だからか。だからこんな、こんなに」

 オニキスは身体を震わせ涙をこぼす。堅く握り締められた手に落ちていく雫は、次第に地面へとこぼれた。ぽたり、ぽたり、と次から次へと、あふれたものは地面へ染み込んでいく。

 一通り泣きじゃくり、オニキスはローブで顔をさっとぬぐう。

 震える声で、自分に言い聞かせるように、言った。

「……まぁ、よかったよ。今気づいて」

 もう取り返しのつかないところで、気づいてしまえてよかった。

 この期に及んで、何をどうしろというのだろう。すでに二人の縁は途絶え、オニキスの消失に彼が気づくのはずっと先の話だ。その頃には彼女はもう、この国にはいないだろう。

 それでいい。

 探さないでほしい。

 ただ、時々、頭の悪いバカな魔術師がいたことを。

 時々でいいから、ふと思い出してくれれば。


「それも……要らないな。僕のことなんて、忘れちゃえ」


 忘れるぐらい、姫と幸せになればいい。

 もう、他には何も望まない。

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