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● これが最善と信じて

 オニキスは、少しだけ重い足取りでヴェルネードの部屋に向かう。

 スピカ姫の帰国が近づき、オニキスは焦った。そして、とうとう自分が姫に、あれこれと自分のことを教えていたと、ヴェルネード本人に気づかれてしまった。


「怒ってる、だろうねぇ……うーん」


 その時の彼の表情は、今まで見たことが無いほど怖かった。

 怒りと、少しの悲しみのようなものが混ざった、見たことがないもの。

 聡明な彼なら気づいただろう。そこまでするオニキスが、最終目標とするものが。結婚する気の無い彼にとって、それはもっとも忌まわしい結果に違いない。

 ましてや、それを招こうとしたのが、オニキスだったとなれば……怒りは深い。

「……ヴェルネード? 僕、だけど」

 恐る恐る、彼の部屋の扉をノックする。

 しばらくして、不機嫌をあらわにした部屋の主が姿を見せた。オニキスは事前に練習したように謝ろうとして――でも、できなかった。その前に、部屋の中へ引っ張り込まれたから。

 ヴェルネード、と名前を呼ぶ。彼は答えない。その全身から冷たいけど、熱い気配がほとばしっていた。怒っている、とオニキスは、自分に盛大な雷が落ちるのを覚悟する。


 腕を掴まれて、引っ張り込まれた先に気づくまでは。

 ただ、怒られるのだと思っていた。


 しかし、ふかふかした物の上に身体を放り投げられて、おかしい、と思う。それは、紛れも無いヴェルネードの寝室で、ベッドの上だった。まさか昼寝を、と思うけどやっぱり違う。

 ベッドの上にいるオニキスを見る、彼の目はそんな感じではなかったから。

「あの……ヴェルネード、その、何を」

「どういうつもりだった」

「……どういうって」

「そんなに、俺にあの姫と結婚してほしいのか」

「だ……って、それが」

 この国のためだから、と言いかけて、いえなくなった。一気にのしかかられ、もがこうとする腕をつかまれ、組み伏せられ。唇が開いたところを、そこだけはやけに優しくふさがれた。

 心がはねて、身体もつられそうになる。けれど自分よりずっと大柄なヴェルネードに組み敷かれた身体は動かず。それなりに経験をつんでいるらしい、大人の彼に翻弄されるしかない。

 ゆっくりと離れていくその瞳に、今まで彼には見なかった光をオニキスは見る。


 何をしたいのか、何をするためにここにきたのか。


 彼が何を自分に求めたのか、わからないほど子供ではなかった。わかったからこそ、次にすべき対応は実に単純。彼が嫌う言い方や単語もまた、オニキスは熟知していた。

 この状況を何とかするには、そして願いを叶えるためには。

 嫌われるしか――ない。


「ヴェルネード、僕は娼婦じゃないよ」

 オニキスは、淡々と言う。

 その真意に、理由に期待しないように。

「ついでに言うと経験ないからね、ちょっと面倒だと思うんだよ。一応、魔術で痛覚を飛ばすこともできなくはないんだけど……それは、さすがに僕も嫌だからさ、だから」

「だから、なんだ」

「少し待ってくれれば、ちゃんとしたお姉さんを連れてくるよ」

「……いい」

「え?」

「もういい……!」

 ヴェルネードは叫び、オニキスの上から離れた。そのまま、彼を呼ぶ彼女の声も聞かずに部屋を出て行く。オニキスは、必死に彼を追いかけたが、なかなか距離が縮まらない。

「まって、まってヴェルネード! 僕、何か悪いことしたなら謝るよ!」

「……」

「だからちゃんと言ってよ、僕ちゃんと直すから、悪いところ、全部全部っ」

 もしかして、そういう仕事の女性を待てないほど、だったのだろうか。

 それとも、あれはオニキスへの罰だったのか。なら、むしろ痛覚は増すようにしなければいけなかったのか。そもそも、あんな物言いなどしないで、身をゆだねていれば。

 必死に追いかけて、その身体にすがる。


 失わなければいけないのに、失いたくないという矛盾に、オニキスは気づかない。彼女が今にも泣きそうな顔をしているのに、本人を含む誰一人として気づかない。


「来るなっ」

「ヴェル、ネード……」

 絶句して足を止めたオニキスを他所に、ヴェルネードは傍にいた侍女を呼び止めた。

「スピカはどこにいる?」

「姫様なら、確か温室に……」

「わかった」

 そして彼は、オニキスには視線も向けないまま、温室に向かって歩いていく。オニキスはその場に立つだけで精一杯だった。ただ、彼が自分ではなく姫を選んだことだけを理解して。

「……」

 なぜか、視界がまたゆがんでしまった。

 どうしてゆがむのだろう、とオニキスは思う。だってこれは自分で望み、描いた末路。覚悟なんてできていたはずだったのに、どうしてこの期に及んで。


「おい……」


 背後から声がする。

 声の主は、いちいちこういうタイミングで現れるのが好きらしい。

 オニキスは瞬きを何度か繰り返して、それからいつもの顔をして振り返る。

「やぁ、緑」

「……ジェイ、だ」

「えっと、それで緑は僕に何か用でも? あ、ヴェルネードならお姫様のトコだよ。温室にいるらしいんだけど、あそこって中が良く見えないしそういえば、鍵もかかるんだよねぇ」

「……」

「もう公認の中なのだし、もしかすると行き着くところまで行くかもね」

 よかったねぇ、とオニキスは、いつも以上に道化を演じる。

 しかし、対するジェイの反応は鈍かった。

「……お前は、いいのか」

「何が?」

「お前は、あいつが」

「何を言っているのかなぁ、緑は」

 ……そう、彼は今更、何を言っているのか。


「僕が、そんな『身の程知らずの思い』を、抱くわけがないだろう?」


 くだらない初恋だった。

 友愛と親愛、そして恋情。区別もつかない子供が抱いた、くだらない思い。けれどいかなる場合においても、やはり身の程を超えた思いであることに代わりなどなかった。

 だから離れなければ。

 ――それが。

「緑の願いだろ? そちらの、お望みどおりじゃないか」

 やだなぁ、とオニキスは笑う。必死に笑ってみせる。なのにジェイは、表情をあまり変えてくれなかった。いつものように怒りを、嫌悪を、その目に宿してはくれなかった。


 やめてほしいな、と思う。

 そんな――哀れむような目を、向けないでほしいな。


 自分で選んで、導いた結果なのに。どうしてそんな目を、ジェイがするのか。そんなにかわいそうに見えるのだろうか。確かにそれなりに、無理やり笑っているけど。

 嫌だな、と思う。

 そんな目で見られて、ひどく息苦しかった。何かさらに言おうとして、喉の奥が震えてうまく声が出てこない。震えた声じゃ意味が無いから、オニキスは一歩後ろへと下がって。

 そのまま、逃げるように走り去った。

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