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● 出逢いの日

 オニキスが彼とであったのは十年前。

 まだ、彼女が四つになって間もない頃のことだ。


 オニキスは、孤児院にいた。決して恵まれた環境ではなかったが、とりあえず餓えだけはない場所だったと思う。しかし生きながらえるかと言うと、そうでもなかった。

 ある程度成長すれば院を出るしかないし、そうなっても働く先など存在しない。

 自然と男は肉体労働や裏の道へ、女は身体を売るような道へ。

 しかし、オニキスはどちらの道も無かっただろう。彼女の黒い容姿は、そう好まれるものではなかったから。誰もが避けて通る黒。稀有ゆえに恐れられるのが、『黒の魔術師』だ。

 通常はすぐに引き取られるが、オニキスがいたのはドがつくような田舎町。

 なので捜索の手は伸びず、生まれてすぐに捨てられていたオニキスは四歳になった。


 その頃の記憶は、かなりあいまいになっている。

 時間が経って忘れたというより、意識して消し去ったと言うべきかもしれない。その容姿ゆえにからかわれ、苛められ。近寄れば呪われる、触れられると病になる。

 子供は実に残酷だが、大人もまたそれを上回るほど残酷だった。

 なぜならば、子供達はただ大人が示す反応を、そのまましていただけだから。

 ぼんやりとどこかを歩き回り、食事の時間だけ院にいる生活。よくもまぁ、院からも捨てられなかったものだ。基本、あの孤児院の院長は、自ら去らない限りは追い出さないらしい。

 オニキスには去る理由も無かったし、去ってどこかにいくアテもなかった。だから何を言われてもあの場所で、いられるだけ長居して生きる以外の道など無い。


 ――そんな時だった。

 視察という名目で、第三王子ヴェルネードがやってきたのは。


 見聞を広げるために僻地を旅する彼らは、数日の休息を求めて町に来た。

 数人の騎士と、数人の従者を連れた王子に町は大騒ぎ。オニキスなんかにかまっている暇が無くなった大人は、もう彼女にあれこれと言うことは無くなった。

 しかし、オニキスには関係の無いこと。

 誰か偉い人が来たらしい、という噂しか知らなかった。

 だからその日も、いつものように町を散策して、少し疲れたから木陰に入って。つい、うとうとして寝入ってしまって。そして、誰かに身体を、優しく揺り動かされて目を覚ました。


『お前、孤児か?』


 第一声は、それだった。

 しゃがんでオニキスを見ている、ずっと年上の少年。逆光になっていて、あまりその顔かたちがはっきりと見えないけれど、かなり整った容姿をしているような気がした。

 彼は、みすぼらしいにもほどがあるオニキスの衣類を、石や暴力を投げられてあざが絶えない肌をみて顔をしかめる。綺麗な顔なのに、自分のせいでゆがませてしまった。

 ごめんなさい、と言いかけて、その時、空の太陽を雲が隠す。

 ずっとはっきり見えなかった少年の、その『色』が見えた。

 オニキスとは正反対の、色が。

『綺麗な、黒だな』

 少年は少し笑って、オニキスのごわごわした髪に触れて、そして。

『……お前、一緒にくるか?』

 オニキスに、そっと手を差し伸べた。

 彼の『色』は今まで見たことが無いほどに綺麗な『白』で、オニキスは思わずその手を掴み返してしまう。そのまま彼につれられて、町で一番立派な宿に来た。

 宿の女将はオニキスを見て顔をしかめるけれど、何も言わずに頭を垂れる。その時、オニキスは少年が、とても偉い人なのだと思った。……王子とは、さすがに予想もしなかったけど。

 部屋に連れ帰られたオニキスは、彼の侍女に服を脱がされ風呂に入らされた。

 それから綺麗な服を着せられ、数日後に一緒に町を出た。


『大丈夫だ、俺がずっと傍にいるよ』


 みるみるうちに変わっていく世界に、不安そうに身を縮めるオニキスを抱きしめて。それから額にキスを落としたりする、オニキスの大事な、大好きな王子――ヴェルネードと一緒に。




「あぁ、そういや長い間、王子だってしらなかったんだ」

 思い出し、オニキスは笑う。

 城に来てからは、いろいろ大変だった。難しい魔術を覚えなきゃいけなかったし、突然知らされたヴェルネードの立場や正体に、子供ながらに驚いて混乱した。

 ちなみにヴェルネードの素性を教えてくれたのは、あのジェイだったりする。彼とは長い間あれこれといがみ合うというか、対立するような関係だった。

 ジェイは最初から今まで、オニキスとヴェルネードの関係を引き裂こうとしている。


 それは当然だ。彼は王子様で、自分はただの孤児で、魔術師。

 身分などが釣り合わないどころではない。


 それでも――と、オニキスはそっと、首を彩る黒いチョーカーに指を這わす。彼からの贈り物であるこれは、二人を繋ぐ縁の糸。オニキスにとっては、彼の所有物の証である首輪だ。

 彼の『モノ』になっていいのは、世界でただ一人、オニキスだけ。

 彼の膝に座っていいのも、時々一緒に昼寝をしていいのもオニキスだけ。他の誰にも譲りたくはなかった。譲ってなるものかと思って、ずっとすがり付いて、甘えていた。

 だけど、オニキスは成長した。

 大人に近づいて、そこが自分のための場所ではないと気づいた。

 きっと、その日からだっただろう。彼の傍から、離れることを願ったのは。

 ヴェルネードは優しいから、オニキスが望めば何でもしてくれる。ずっと傍にいることを許してもくれるだろう。実際に今は、それが許されている状態なのだから。


 でも、それはいけないこと。

 過ぎた願い。


「やぁ、お姫様」

 ゆえにオニキスは姫を尋ね、知恵を与える。彼女がヴェルネードと、より強く結ばれるように地図を与える。それが、オニキスが最後にできる、彼への恩返しに他ならないから。

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