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● 穏やかに過ぎる時間

 ヴェルネードのひざの上を、オニキスはとても好む。

 昔は彼に甘えて、こうしてひざの上にすわり、飛び跳ねたものだ。さすがに小柄で華奢とはいえ十四歳となった今は、そんなことなどできはしないのだが。


「ねぇねぇ、ヴェルネード」

「なんだ?」

「例のお姫様は、いいお姫様かな?」

「……まぁ、な」

「そう、それはよかった」

 くすくす、と彼のひざの上で、オニキスは身体を丸めるように笑う。

 それからオニキスは、まるで猫のようにヴェルネードに甘える。誰もいない、彼の私室だからこそできる行為で、彼女にとってもっとも愛すべきひと時。

 けれど、オニキスの『作戦』は、彼女からこの場所を奪うためのもの。

 作戦が終わる頃、オニキスは彼の傍にはいない。少なくとも、こんな風に甘えたりはできなくなっているはずだ。代わりにここには、あの赤い姫君がいるのだろう。

 ……ひざには、座っていないとは思うけれど。


 けれど、ひざではない場所にはいるかもしれない。

 オニキスさえ入ったことの無い、私室の隣にある彼の寝室。あるいはそのベッドの中。誰もが二人の婚姻を望むのだから、婚前交渉ぐらいはまぁ、笑って許されるのではないだろうか。

 それに、そこまで行き着いたならなおのこと好都合だ。


 早くそうなればいいのにな、と思いながら、オニキスは王子に甘える。その服を掴んで自分の身体を摺り寄せて、かぎなれた香りをもっともっと吸い込みたがる。

 さらり、とヴェルネードの手がオニキスの黒髪を梳く。そして頭を優しく撫でる。猫だったら盛大に喉をゴロゴロならし、もっともっと、と媚を売ったに違いない。


 もう少し、あと少しだけここにいたい。

 けれどオニキスには、そしてヴェルネードにも、仕事があった。


「んじゃ、そろそろいくよ、ヴェルネード」

「あぁ」

「お仕事がんばってね」

 ひらり、と彼のひざから降りて、オニキスは歩き出す。ソファーに引っ掛けたローブや杖を拾って、彼の部屋を出た。扉を閉める前、振り返って部屋の中に残る彼に手を振った。

 ヴェルネードはこれから、確かスピカ姫と会う予定だったはずだ。

 ちょっとしたゲーム――チェスとかをする、という。

 あれは彼の得意分野だから、事前にちゃんと入れ知恵をしておいた。勝敗はともかく、褒めるように、と。そこからおそらく、ゲーム類が趣味という話題に移っていくだろう。

 あとはもうなるようになれ、という感じだ。


 そろそろ、もうオニキスの援助はいらないかもしれない。

 元々、二人の相性は抜群なのだ。ほっといても、時間はかかるだろうけれど勝手にくっつくのは見ているだけでわかる。とはいえ、長々と続かれると困るから、短期決戦に臨んだ。

 最後に大きな花火を一つ打ち上げようかな、と考えていると。


「またヴェルネードのところにいたのか」


 その思考を乱す、緑の魔術師が姿を見せる。

 とはいえ、彼に緑の要素は無い。魔術の系統が緑色なだけだ。

 彼ジェイは、いつものようにオニキスの前に立ちふさがる。そして腕を組んで、この上なく見下した目で彼女を見る。慣れているとはいえ、さすがにわずかな感情の揺れが生まれた。

 悲しいとかではなく、ごく普通の『不快感』だが。

「僕が主の傍にいて、何か不都合でもあるのかな?」

「ある。あるに決まっている」

「スピカ姫のことなら、むしろ応援する立場なんだけどね。初対面のお姫様に、ヴェルネードの好みとかが、ああも完璧に抑えられるわけがないだろう? 全部僕のお膳たてだよ」

「そして何か要求するわけか」

 なるほど、と決め付けてくるジェイに、オニキスはもう何も言い返さない。

 バカバカしくて、その気も無くした。

 彼の言葉を無視する形で、オニキスはその隣を通り過ぎようとする。だが、その前にジェイの口癖になりつつある、その『言葉』が空気を震わせて、オニキスの耳に届けられた。


「いい加減、身の程をわきまえろ。貴様がいる場所は、その身に余る」


 何度も繰り返された言葉に、オニキスの足は止まった。

 けれどその口元に浮かんだのは、笑み。

「……んー、知ってるよ?」

 それくらい、わからないようなオニキスではない。幼い頃からずっと、ジェイに限らずありとあらゆる存在から、その言葉を繰り返された。身の程知らず、お前にはつりあわないと。

 そして、それを常に声高に叫んでいるのは、ほかならぬオニキス自身だった。

 ただ黒を持って生まれただけの自分に、高貴な白を持つヴェルネードの傍にいる資格がどこにあるのだろうと。一度も自問自答しなかったと、この男は思わなかったのだろうか。

 まぁ、だからこそ彼は彼であり、オニキスはただ笑うだけ。

「ずっと一緒は無理だって、僕はちゃんと知っているよ」


 それを知っているからこそ、遠慮なく甘えた。

 甘えて、甘えすぎて、とうとう好きになってしまった。


 二番目でいい、ううん一番最後でかまわないと、思っていた。なのに気づいたら、オニキスの心はそれ以上を叫んでいた。傍にいられたらいいという願いを超えて、浅ましい願望を。

 ジェイに背を向けて歩くオニキスは、少しだけ潤んだ視界を瞬きで消す。

「苦しくは、ないよ」

 言い聞かせる。

「悲しくも無いんだよ。わかってたことだから」

 いつか、こうなることは。彼の傍に、一番近くに立つのが自分じゃなくなる日。その指に契約を示す指輪が飾られ、見目麗しい姫君と寄り添いあう未来を。何年も前から覚悟していた。

 だから、だからこそオニキスは、この計画を始めたのだ。


 彼にふさわしい相手に、今の場所を譲るという喜劇。

 その脚本を記し、たった一人で舞台に立った。


 愛が欲に、思慕が執着に変わる前に。オニキスはこの演劇を始め、終わらせ、速やかに消え去らなければいけない。白と赤の鮮やかな色彩の傍には、黒など必要ではないのだから。

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