● 彼女こそ
隣国の姫スピカは、まさに絵に描いたような『姫』だった。
そして、噂に違わぬ存在だった。
個人的な資材で孤児院をいくつも開き、彼らが満足に食べ、勉学に励むことができる環境を整えた心優しき姫。多少おてんばなところがあるらしいが、それもまた愛嬌と言う感じ。
そんな姫を前にして、オニキスは不敵に微笑んでいる。
彼女の姿はいつも通りの、黒一色。
その小さな身体は、華やかな内装の客室に暗い影を落とす。
相対する王女スピカは、花のように広がる可憐なドレスを身に着けている。露出はほとんど無いのだが、それを補って余りあるほどの色香があった。年齢は確か、十八ほどだったか。
そんな姫を前にして、オニキスはいろいろと頭の中で作戦を立てていた。
露出の少なさはヴェルネードの好みだが、いかんせん、色が少々キツすぎる。彼女を徹底的に『彼好み』にしたてようと思うオニキスは、まずそこから取り掛かることにした。
「まずはね、そのドレスだね」
「はぁ……」
「ちょっと色が暗すぎ。ヴェルネードはね、どちらかというと淡い色彩を好むよ。パステルカラーってやつ? 僕、服飾は専門外なんだけどね、そこら辺、侍女さんはわかるかな?」
話題を振られ、スピカの侍女は少しうろたえるも、わかります、と返事をする。姫より少しだけ年上の、おとなしそうな女性だった。長年、王家に仕えている家系と聞いている。
ならばよろしい、とオニキスは笑い。
「では、まず見た目からだ」
「それはいいけど……あなた、何がしたいの?」
「ん?」
「わたくしとヴェルネード様を結び付けたいのはわかるけど、理由は?」
「んー、個人的な趣味。それと少しの打算」
「えっと……」
「ヴェルネードのご機嫌取りと思ってくれて、かまわないと思うよ。最近、いろいろあって不機嫌っぽい感じだからね。そっちだって、嫌われるよりは気に入られたいだろう?」
「それは……そう、ですけど」
複雑そうに視線をそらすスピカ。彼女も年頃だ。ここに来る時、両親など周囲に王子と仲良くするようにとか、あれこれ余計なことを言われたに違いない。
その場合、もっとも期待されるのはヴェルネードだ。年齢も近く、これという浮いた噂の無いまじめな好青年。彼以上を望むのは、度の過ぎたワガママではないかとオニキスは思う。
そして姫自身、どこに出しても問題はない。
となれば、誰もが二人の縁を望む。
その一人に、ほかならぬオニキスが名乗りを上げただけのことだ。誰よりも――家族よりもヴェルネードを知る彼女は、スピカという名の初対面の姫を、文字通り見初めたのである。
最終目的は、二人の結婚。
いつか、オニキスは彼の傍にいられなくなる。それまでに、できるだけのことをしてから離れてしまいたい。ずっと一緒にいるという夢の変わりに、オニキスが選んだ道だ。
それをヴェルネードに知られないよう、いや、誰にも知られずに行う。
幸いしたのは、オニキスの『性別』だった。
城で働く、彼女と気軽に接することができる同性は、決して多くは無い。その一人が、王子に仕える魔術師であるオニキスで、彼女はその立場を利用して子の場所に来た。
「髪はそのままでいいよ。飾りはあまりつけない方が、ヴェルネードの好みなんだよ」
姫らしく着飾った彼女の格好に、あれこれとダメだしをする。まずは見た目から彼の好みに合わせていく作戦だ。中身こそ大事ではあるけれど、第一印象はやはり外見の良し悪し。
見た目が好みの異性なら好感触。中身の方はその基礎が確実に会うから、あとは彼がさらに気に入りそうな風味をつければいい。それこそ、オニキスだからこそ可能な『お仕事』だ。
それから、何か言いたそうな姫を適当に言いくるめて、侍女と二人で着替えさせる。いくつかドレスの種類を持ってきたのは、やっぱり相手に合わせた装いをするためなのだろうか。
幸い、その中にヴェルネードの好みに合うものがあった。
無かったら無かったで、小物で何とかするという案もあったが、やはり衣装から合わせた方がいろいろと楽だ。あとは時間が許す限り、彼の好みを教えていった。
そのかいあって初対面の二人は、オニキスが見る限り良い雰囲気だったと思う。
最初は半信半疑だった姫付きの侍女も、これはどうだあれはどうだ、とヴェルネードの好みをいろいろ訪ねてくるほど。この様子だと、彼女はオニキスの味方と呼べるだろう。
「いやぁ、我ながらうまくいったね」
くすくす、と笑いながら廊下を進む。
スピカは侍女を伴って、現在城下に出かけていた。ヴェルネードも付き添い、孤児院や店を見て回るらしい。オニキスも同行しようと思ったのだが、生憎、別に用事があった。
代わりに同行したのはジェイなので、護衛的には大丈夫だろう。
かくして、オニキスによる主の結婚作戦は、好調な出だしで始まったのだった。
その裏にあるもう一つの作戦を、ゆっくり進行させながら。